川崎病 | 少数派を生きよう!~自閉症の息子がくれた魔法のメガネ~児童発達支援事業所園長・保育士ママの日記

少数派を生きよう!~自閉症の息子がくれた魔法のメガネ~児童発達支援事業所園長・保育士ママの日記

NPO法人の『サロン』『遊びの広場』ボランティアのこと、H26年から順々に立ち上げて来た3つの事業所をR 5年に児童発達支援センターにしたこと、特別支援学校を卒業後、通所施設に通う息子のこと、保育、特別支援、最近の出来事などなど、書いて行きたいと思います。

なかなかブログが書けないまま



随分 日にち過ぎてしまい すっかりご無沙汰してしまいましたショボーン





緊急事態宣言が解除され  随分 世の中に 日常が戻ってきた感のある 今日この頃。



私の運営する事業所も 息子君の通所事業所も


いろいろ配慮や制限はありつつも 徐々に 通常の流れになっています。




さくらんぼさくらんぼさくらんぼさくらんぼさくらんぼさくらんぼ




少し前の話になってしまいますが




6月5日に『川崎病』を発見したドクター
川崎富作氏が 亡くなったというニュースで見ました。



川崎先生は


1961年に 小児の謎の症状を見つけ 研究し


1967年に 論文を発表


 それが のちに『川崎病』と名付けられたとのことで



川崎先生が 病院を見つけ 研究してくださった おかげで


治療法を見つけてくださったおかげで



今 息子は 生きています。

(息子君は3歳の時に川崎病になりました)





息子のように 川崎病から 救ってもらえた 幼い命は 日本中 世界中に 存在していて
(日本だけで 毎年 一万五千人ほどの 患者が出るそうです)


息子も そうでしたが 川崎病にかかるのは 3歳の男の子が 一番多いらしく
(入院中に言われました)




幼い命を救ってもらった親は(私も) どれほど 救われ 人生が変わったことでしょう。



川崎病が見つかってなければ 亡くなっていた命だと思うと


なんて偉大な ドクターなんだろうとと…もう  言葉には尽くせない気持ちになりますえーんキラキラ






今も 毎日 どこかで 川崎病になっている子どもがいて



これからも 何千人 何万人と 川崎病になる子がいて



川崎病の治療を施してもらえるということは



過去と未來 合わせて どれだけの人数の子どもたちが 川崎先生によって 救われ続けるのでしょうか…


もう 地球規模過ぎてチーン




本当に 偉大過ぎる 川崎先生 。





川崎病は 治療法は 見つかっていますが



未だ 原因は わかっていません。



息子が 川崎病に かかった頃 最初に川崎病になった方が まだ40代とのことで 大きな後遺症が出なくても 予後が わからないと 言われていました。


今 その方たちは50代になられているかと 思いますので


後10年…20年 特に何かが報告させれなければ 川崎病の予後は 問題ないということになるのでしょうか。




敬意と感謝の気持ちを込め


ご冥福をお祈りしたいと思います。