お母さんのお誕生日
後数日で母のお誕生日が来る。
亡くなった人のお誕生日するの変じゃない。
そんな思いもあったけれど。
わたしの心の中に母はいます。
モーツアルトだって2006年に生誕250年のお祝いしたよね。
だから母のお誕生日をすることにしました。
お姉さんと、お姉さんの娘。(わたしの姪っ子ちゃん)
3人でお誕生日のお祝いをしました。
いつもと同じように自宅から10分ほどのパン屋さん。
パンとケーキを手作りしていてとってもおいしいんです。
何日か前に母の名前を入れたお誕生ケーキを注文しました。

今日ケーキを受け取って、すぐ近くの花屋さんでピンクのスイトピーを買いました。
花言葉は「やさしい思い出」
母はピンクが大好きでした。

みんなが集まって母の部屋でケーキにろうそくを立てて火をつけようとしたとき。
姪っ子ちゃんが言いました。
「歌歌わなくていいの?」
子供ってすごいな。
大事なおばあちゃんのお誕生日にハピバースデーを歌わないのはおかしいって本能的に感じたのでしょうね。
27日には納骨です。
うちのお墓まで1時間以上かかるので遠くなってしまいます。
残された時間をなるべく母といられるように、ここのところ母の部屋で一緒に寝ています。
いつまで悲しんで泣いていたら天国の母は余計に悲しむ、だからこれからは心の中のお母さんと一緒に生きていかなければいけない。
頭では理解できても心で理解するのは時間がかかります。
母の亡くなり方が異常だったのでなおさらです。
11月に札幌のKチャンのところでお父さんのお参りをして帰りの船で11月の22日夜9時過ぎに電話で母とお話しました。
母が発見されたのは24日の朝、23日に家に来てくれたお姉さんから11月の23日ひる電話があって(母行方不明の連絡)急いで帰ったのですが(家到着23日20時)、24日の朝母は川の中で凍死体で発見されました(見つけてくれたのは川のご近所の方。警察は発見すらできなかった)。
死亡推定時刻は23日午前です。
わたしが電話してから、おそらく数時間後に母は亡くなりました。
あの時、気おつけて帰りなさいって言ったのに。
かわいそうなお母さん。
姉妹で抱き合って泣きました。
母は病気ではあったけど、家の玄関も門も開けっ放しで、普段行かない場所の川に落ちて頭を打って脳震盪なんか起こさないよ!
でも警察の調査結果はそうでした。
怒りをぶつけたかったのですが、いくら怒っても母は帰らない。
そう思ったら悲しさでわたしの心はいっぱいでした。
でもねお母さん。
お母さんがもっと悲しむことはしたくない。
わたしがいつまで泣いているほどお母さんは辛いだろうから。
お母さんにもらった体と、心と、智慧で力いっぱい生きてみます。
わたしの一番大好きなバッハの管弦楽組曲3番の第2楽章アリアをLiberaのボーイソプラノで送ります。
お母さんの好きだった合唱だよ。
亡くなった人のお誕生日するの変じゃない。
そんな思いもあったけれど。
わたしの心の中に母はいます。
モーツアルトだって2006年に生誕250年のお祝いしたよね。
だから母のお誕生日をすることにしました。
お姉さんと、お姉さんの娘。(わたしの姪っ子ちゃん)
3人でお誕生日のお祝いをしました。
いつもと同じように自宅から10分ほどのパン屋さん。
パンとケーキを手作りしていてとってもおいしいんです。
何日か前に母の名前を入れたお誕生ケーキを注文しました。

今日ケーキを受け取って、すぐ近くの花屋さんでピンクのスイトピーを買いました。
花言葉は「やさしい思い出」
母はピンクが大好きでした。

みんなが集まって母の部屋でケーキにろうそくを立てて火をつけようとしたとき。
姪っ子ちゃんが言いました。
「歌歌わなくていいの?」
子供ってすごいな。
大事なおばあちゃんのお誕生日にハピバースデーを歌わないのはおかしいって本能的に感じたのでしょうね。
27日には納骨です。
うちのお墓まで1時間以上かかるので遠くなってしまいます。
残された時間をなるべく母といられるように、ここのところ母の部屋で一緒に寝ています。
いつまで悲しんで泣いていたら天国の母は余計に悲しむ、だからこれからは心の中のお母さんと一緒に生きていかなければいけない。
頭では理解できても心で理解するのは時間がかかります。
母の亡くなり方が異常だったのでなおさらです。
11月に札幌のKチャンのところでお父さんのお参りをして帰りの船で11月の22日夜9時過ぎに電話で母とお話しました。
母が発見されたのは24日の朝、23日に家に来てくれたお姉さんから11月の23日ひる電話があって(母行方不明の連絡)急いで帰ったのですが(家到着23日20時)、24日の朝母は川の中で凍死体で発見されました(見つけてくれたのは川のご近所の方。警察は発見すらできなかった)。
死亡推定時刻は23日午前です。
わたしが電話してから、おそらく数時間後に母は亡くなりました。
あの時、気おつけて帰りなさいって言ったのに。
かわいそうなお母さん。
姉妹で抱き合って泣きました。
母は病気ではあったけど、家の玄関も門も開けっ放しで、普段行かない場所の川に落ちて頭を打って脳震盪なんか起こさないよ!
でも警察の調査結果はそうでした。
怒りをぶつけたかったのですが、いくら怒っても母は帰らない。
そう思ったら悲しさでわたしの心はいっぱいでした。
でもねお母さん。
お母さんがもっと悲しむことはしたくない。
わたしがいつまで泣いているほどお母さんは辛いだろうから。
お母さんにもらった体と、心と、智慧で力いっぱい生きてみます。
わたしの一番大好きなバッハの管弦楽組曲3番の第2楽章アリアをLiberaのボーイソプラノで送ります。
お母さんの好きだった合唱だよ。