近年、NHKの受信料の取り立てが横暴すぎるというような話を聞くことが多くなったように思う。
ご存知のようにNHKの受信料を払わなくてはいけないというのは、放送法の第32条によって定められたことである。
つまり、テレビの受信機を購入したらNHKと受信契約を結び受信料を払う、ということが日本国民の義務となっているのである。
一方で、受信料の不払いに関しては罰則規定が存在しないのも事実である。そのため、実際にNHKを見ないという人だけでなく、見てはいるけど受信料を払っていないという人が多数存在するのもまた事実である。
最近になって、NHKは受信料不払いの視聴者を裁判に訴えるという手段もとるようになってきている。
WOWOWなどの有料放送の広まりなどによって視聴者の中にも見たいテレビは金を払って見るものという意識も強くなっている。それに対してNHKの番組はつまらないので金を払いたくない、というようにメディアを取り囲む状況にも変化が起きてきている。
裁判をちらつかせることで視聴者を脅すのではこうした大勢を覆す根本的な解決策とはなり得ないだろう。
NHKの根幹を成している受信料を義務とする現在のあり方を見直さなくてはならない時期にきているのかもしれない。
しかし、そもそも現行の受信料制度というものが日本の放送業界の発展をこれまで支えてきたことについてはなんら疑いがない。
日本の放送業界はNHKと民法が互いを補完することで拡大を続けてきた。
この二元体制を世界に冠たるものとして評価する声もある。
NHKは国営企業であるということはよく聞かれるが、それは間違いである。
基本的にその経営は年間の受信料約6500億円で成り立ち、政府からの資金はほとんどはいっていない独立採算である。
しかし、公共放送を担うという責任から、予算・決算には国会の承認を必要とするほか、放送法によって広告放送を禁じられ、最高意思決定機関の委員も総理大臣が任命することとなっている。
こうした縛りと引き換えにNHKは、受信料の支払い義務という国からの”保護”を受けていると言っても良い。
NHKはこの経営基盤の盤石さから、放送に関する技術面、ハード面での研究・開発をリードしてきたのである。
こうした成果をNHKが提供する代わりに、民法がより視聴率が高く、人気のある番組を作る。
そうすることでさらにテレビそのものの普及率が高まっていき、さらにNHKの経営基盤を固めることになるのである。
ここまでに書いたように、NHKは公共放送としての責任を大きく背負っている。
自らも公共のための言論・報道機関を自負し、以下の4項目を基本原理、軸としている。
・普遍性:全国民に視聴機会を提供し、大衆のための番組を放送すること。
・多様性:番組のジャンル、対象視聴者、論議されるテーマが多様であること。
・独立性:商業的圧力、政治的影響力から自由であること。
・特殊性:商業放送との区別を認識し、放送回を先導する役割を果たすこと。
ただ、実際はこうした美学に反して、委員の指名制や国会での予算の承認などによって政府寄りの報道が目立ってしまう部分もあるのが実情である。
3.11の際には東電寄り、政府寄りの報道が多く批判されている。
では、公共放送機関として疑問符の残るNHKに対して、民放の返上はどうなっているのだろうか。
民放テレビの数は全国で127局にも及ぶ。
2010年度のラジオを含めた民放193局の総売上はおよそ2兆2500億円、一方テレビ広告費は約1兆7300億円である。
総売上に対するテレビ広告の占める割合は実に77%にも達し、NHKと違い、民放が広告収入で成り立っていることは明らかである。
127局あるテレビ局は5つのキー局を中心に系列化が進められてきた。
日本テレビ系30局、TBS系28局、フジテレビ系28局、テレビ朝日系26局、テレビ東京系6局がそれぞれ系列化している。
キー局による系列化が進められたのには理由がある。
日本のテレビ局が基本的には県域を1つの単位としているためだ。
1県につき2つのテレビ局というのが基本だ。したがって全国放送を行うNHKに対抗するために民放は他地域のテレビ局を系列化するほかなかったのである。
地方局に相当額の電波使用量を支払う代わりに、キー局が情報配信のネットワークを提供し、番組と
全国規模のCMを配信するのである。
これによって地方局は電波使用量と高品質の番組を無料で獲得できるし、キー局は全国で番組を流せる上、全国規模のナショナルスポンサーを獲得することができるのである。
では、キー局は積極的にローカル局の系列化を進めればよいということになるのかもしれないが、日本では同一企業や個人がテレビ局を独占的に支配するのを防ぐために、マスコミ集中排除の原則が存在する。
電波法に基づく総務省令で定められたもので、放送ができる機会をだけ多くの人に確保し、その番組をできるだけ多くの人が共有できるようにすることを目指したものである。
そこでは放送局の開設や、開設する放送事業者に対する出資を制限するルールが取り決められているのである。
また、NHKに政府寄りの報道が目立つように、民放の側にも大きな問題がある。
民放は私企業であるため、公共放送をNHKに任せて商業主義的な営利優先の報道に走ってしまいやすいという点だ。
放送には本来①報道②教養・教育③娯楽の役割があるが、現在の民放放送では視聴率を優先するあまり娯楽の面に偏っている傾向がある。
その結果、番組の低俗化の進行ややらせ、捏造といった事件も起きているのである。
NHKが受信料制度の見直しを迫られているように、民放も新しいテレビのあり方というものを見直す時期もきているのかもしれない。
テレビはこれまで時代を代表するリーディングメディアであった。
しかし、インターネットの発達でその利便性は失われてしまった。
さらにデジタル技術の発達によってHDRに録画しておけば、タブレットなどの携行端末でいつでもどこでも番組を見ることができるという技術も誕生している。
映像を見る手段の多様化はテレビ番組の視聴率を間違いなく低下させる。
番組の編成そのものを無意味にするほか、録画機能の発達がそのCM飛ばしの機能によって大幅な広告価値の低下を招いてしまうのである。
テレビの一人勝ちの状況が終焉を迎えつつある中で、既存メディアは失ってしまった利便性を補う新たな価値を見つけ出すことができんければ、かつて映画がテレビによって駆逐されたようにどんどん衰退していってしまうだろう。
『メディアとジャーナリズム』山本泰夫 参照
