きのうはなんだか気持ちが落ち込んでいた。午後から仕事に行かなければいけないので気持ちを切り替えて職場に向かった。
私は障害を持った6歳から18歳までの若い人たちに関わる仕事をしている。
今日は、Hちゃんのいるところの担当だ。Hちゃんはどこかほのぼのとした雰囲気をかもし出している17歳の女の子。
Hちゃんはいつも「Yさ~ん、お腹が痛い~」「眠た~い」「疲れた~」「助けて~」と私を呼び、甘えて腕にからみついてくる。
私は「疲れたんだ~。」「助けるよ~、Hちゃん」とハグをする。これを1時間あまりの間の前半、何度も繰り返す。
毎回繰り返す。
後半はじゃんけんなどをして遊び、帰りが近くなると「今度いついるの?、明日いないなんていやだ~」」「ウチに遊びに来て」とラブコールを受ける。
Hちゃんの腕のあたたかさと、私に対する愛情にきのうの落ち込みがそれで少し救われた。
自分が元気になれる仕事を持っている私は幸せだ。
Hちゃんは私が何かをできるとか、持っているとかそんなことを期待しない。
いつもただそのままの自分を受け止めてくれる私が大好きなのだ。
私もそんなHちゃんといるとうれしいし、そのほのぼのとしたキャラクターで私やみんなを微笑ましい気持ちにさせてくれる。
学歴やら、お金やら、外見やら、肩書き、経歴…。そこに至るまでの努力や志、身につけた知識や能力やセンスの良さ、成し遂げたこと、本当に素晴らしいと思うし、尊敬もする。
それとは別に、それのあるなしや、それだけで人の価値や、能力を決めつけてしまうマスコミや世間の風潮、人のそういう言葉に触れると、なんだかなぁ~、とうんざりしてしまうのだ。
そこにだけ注目して人を見ると一人一人の素晴らしさを感じることができず、なんだか人生の素晴らしさを味わえず、損をしていることになるんじゃないかと思う。
子どもの頃はみんなHちゃんと同じなんだけどなー。