今年も花粉症の季節がやってきました。
最近、もしかしたら免疫力が上がって、症状が軽くなったかも?
なんて思っていましたが、単なる思い込みの様で
そんなことは全くなく、今年は酷いです。
皆さんは、花粉症大丈夫ですか?


さて、約2年ぶりに正村公宏氏の個展を開催致します。


正村氏は、東北芸術工科大学の大学院修了制作展で出会い、
その後、工科大の長沢明教授と毎年5月に画廊翠巒で企画展示している
アマダレのメンバーに選出されたのを切っ掛けに
画廊翠巒でご紹介するようになりました。
その後、東京日本橋のunpel galleyでの2人展を観て
近年取り組む、作品の方向性の面白さに興味を持ち
約2年前に、個展を画廊翠巒で企画しご高覧頂きました。


今回はそれ以来2回目の個展になります。

正村公宏のこれらの作品群は、
人物や花や風景といった対象そのものを再現するのではなく、
「像が成立し、そして崩れていく過程」そのものを
主題としているように見えます。


画面は写真のような具体性を持ちながら、
輪郭は曖昧で、粒子状に分解され、ところどころ消失しています。
そこにあるのは現在の現実というより、
思い出そうとしたときに立ち上がる不完全なイメージ、
すなわち記憶の残像に近い。



人物は個人としての特徴を失い、顔は崩れ、背景に溶け込み、
誰か特定の存在というより「人という現象」へと
還元されています。



花もまた生命の象徴としてではなく、
すでに衰退の時間に入った存在として描かれ、
生と死のあいだにある静かな移行の相を示しています。

さらに、紙のしわや薬品的なムラ、分割の痕跡などが
意図的に残されていることから、
像は透明な窓ではなく物質としての表面を持つものとして提示されます。
私たちは対象を見るのではなく、
「像がそこに残っている」という事実そのものを見ることになります。

全体を覆う青は、夜や深層、距離、過去といった
時間的な感覚を喚起し、現前する世界というより、
すでに遠ざかった世界の気配を漂わせます。

これらを総合すると、この作品群が示しているのは、
存在が確かな形を持つ瞬間ではなく、
時間の中で痕跡へと変わっていく過程、
言い換えれば「見たもの」ではなく
「見終わったあとに残るもの」の様です。
そこには、すべての存在がやがて消え去るという不可避性と、
それでもなお何かが残り続けるという静かな持続が、
同時に可視化されているのかもしれません。

また開催期間中、来廊が可能でない方には
動画を準備し、YouTubeで配信いたしますので
実物の作品鑑賞のようにはいきませんが
展示された作品の雰囲気やスケール観の参考にした頂き
ネットからのご購入も 以下から手続き頂けますので
是非参考にしてご高覧いただけたら幸いです。
以下の画像をクリック

https://youtu.be/mv3hGsNobBs
■「正村公宏展」 ー RAW X RAW ー
■2026年3月7日[土]ー25日[日](10日火曜日休廊)
10:30-19:00(最終日17:00迄)
■画廊翠巒:GALERIE SUIRAN
■371-0801 群馬県前橋市文京町1-47-1
■TEL:027・223・6312
■Eメール:suiran@suiran.com
■URL:画廊翠巒:GALERIE SUIRAN

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