
小学校から高校まで、放送委員会でアナウンサーをやっていました。
何かを希望していたわけでもなく、たまたまやったら次を頼まれることが増えてずるずるとやっていただけだけれども。
そんな中でも、どうやら自分は“読み聞かせ”というものが好きらしい。特に子供を相手に本を読んであげるのが好きらしい。
そう自覚してから、たまに図書館で読み聞かせのボランティアをするようになりました。
この前の日曜日、そのボランティアに行って、思わぬハプニングに遭遇。
もうずっと凹んでいる。
そして何故か、小学校のときに放送でよく使っていたクラプトンが頭の中でずっと流れている。心を癒やすようなその音楽が今は不快に感じてしまう。
本当に、なんて忌々しいことだろう。
こんなとき、私は優しい曲も爆音も要らない。そう、要らない。美味しい料理も綺麗な景色も何も要らない。美しいものは何も要らない。泣いてしまうから。
自分が泣くことなど烏滸がましいと思っている。
大声で泣いて、泣き喚いて赦されるのは被害者だけだ。