中玉のあと、なかなかできなかった子どもがさずかった。
みんなが待ち望んでいた子どもだった。奇跡の子だと思った。
生まれた直後、夫も私も第一声は「上出来!」だった。
大きな目をぱっちりと開けて、口の中に4本の指をつっこんでいた。
小玉くんの運動発達は早く、私の職業人としての脳内マニュアルを
どんどん書き換えて行くほどのスピードで成長した。
でも、言葉だけはどうしてもうまく話せなかった。
耳が悪いのか?と耳鼻科にもつれていったが、聞こえすぎるくらいだった。
夫とは「普通の子についていけない事も覚悟しよう」と話した。
そんな小玉くんはやっぱり成長しても言葉が怪しい(笑)
「アナタニホンジンデスカ?」と聞きたくなることもしばしば。
小さい頃からチャンバラが好きだった小玉くんは「剣道をやりたい」
と言った。内気な性格だったのと、ポッチャリ体型を何とかしたい
気持ちもあったので私たちは賛成した。
後から入った子どもたちがどんどん強くなっていく中、小玉くんは
なかなか試合に勝てなかった。
勉強は普通なみにはできていたが、特に目立つ成績ではなかった。
それでも私たちは満足していた。
何でも良く食べ、よく遊び、休まずに剣道に通う小玉くんで十分だった。
そして私は小学校4年生になった小玉くんを夫に託し、単身赴任した。





