前回のお話はこちら下矢印

 

私の担任の先生は、昭和一桁生まれのN先生。

 

当時としては正しい教育をされていたのだと思います。

 

私は新しい時代の感覚を持っている子どもだったので、

 

権力、押さえつける、一方的コミュニケーション、

 

そういったものに拒否反応が出ていました。

 

 

とはいえ、7歳から10歳。

 

反抗することもできません。

 

とても怖かったので、先生の要求に沿う、その道を選びました。

 

常に先生の顔色を伺い、

 

先生が良いと判断したものに、従いました。

 

とにかく叱責されたくなかったからです。

 

褒められることで安全な立場になろうとしました。

母は、毎日連絡帳1ページに

 

家での様子や、母の不安を書き、提出しているので、

 

私たちは、学校から

 

取り扱い要注意の児童になっていたと思います。

 

「トラブルに巻き込まないこと。」

 

そういう対応を、学校、担任は取るようになります。

 

私の周りに、子どもが集まりにくい雰囲気ができています。

 

友達が関わりにくい空気が流れていました。

 

 

私自身も、お友達との関係性をどのように作ればいいか、

 

全く分かりませんでした。

 

経験がなかったことと、

 

人との関わり方の手段は、大人の顔色をうかがうこと。

 

それしか身につけていませんでした。

 

お母さんの不安が強すぎる子どもは、

 

友達が作れない子どもになっていくのではないでしょうか。

 

____続く。

下矢印

 

 

 

今日も読んでくださり、ありがとうございましたスター