とらまめ日記 -25ページ目

とらまめ日記

古い料理本の写しとか、治療中の病気(間質性膀胱炎と乳癌)のこととか、思いつきで色々書いています

記念すべきお料理一品目は

「ご飯の上手な炊き方」でした。

なかなか総菜十二ヶ月には行けません。

 

『ご飯は私たちの主食としてなくてはならないものですで、主婦として常に心掛けて、出来るだけ上手に炊く事を研究しなければなりません』

職業婦人という言葉が定着した時期とはいえ、既婚女性の主流は主婦の時代です。

 

いつも同じようなご飯を炊くための心掛けとして「従来しきたりの目分量、手加減をやめて計量主義により、お米と水の分量、火加減、むらし方などを規則正しく行うこと」と書かれています。

また、「この頃婦女界社代理部でお取次ぎをしている『合理器』」も紹介されていました。

 

柄の両端にバネと留め具が付いていて、釜の蓋が吹きこぼれで浮かないように上から抑え込むもののようです。

これで栄養が失われずに、ご飯の量が増えたり、燃料が半減すると謳っているのは正直どうかな…と思いますが、これで少しでも圧力がかかるのならアリかもしれません。

そういえば炊飯器も蓋がぴったりと閉まる仕様なので、炊飯器の祖と言えない事はない…けど、やっぱり言えないですかね。

 

お釜に対するお米の量は「八掛」…つまり一升(10合)炊きなら8合が最も良いそうです。

 

洗い方は、力を入れてゴシゴシと研ぐと米が砕けて、一番栄養のある「胚芽」がなくなってしまうので、ヌカ、搗粉、埃を洗い流す程度にしておくこと、とあります。

①水を十分に入れて軽くかき回し、静かに水を流す

②①を二度くらい繰り返す

③水を大量に入れて洗い流し、透明になるまで水を数回替える

④ザルに上げて水を切る

…意外と現在と同じでびっくりしました。

 

搗粉(つきこ)は、精米の能率を上げるために使われていたもので、主原料は軽石だったようです。

 

水加減は2割増しが標準ですが、好みや米の品質、粒等の条件によって変わると書かれています。新米は干し方が足りないから水分は控えめにするのも、現代と同じです。

 

お米を釜に入れたらしゃもじでお釜の底から2~3回かき混ぜてから慣らして、中央に穴が出来るように米をかき上げると書かれていました。

『中央に凹を作るのは真ん中が熱を受ける事が少ないので、熱の回りをよくするため』だそうです。

家のご飯は金属の鍋で炊いているので試してみましたが、2合程度で凹はできませんでした。

 

炊き方は、どんな燃料でも火の回りが片寄らないように注意する事と書かれています。

①沸騰するまでは強火で一気に炊き上げる。火が弱いと水っぽくなる

②沸騰したら火力を弱めて『おネバ』をこぼさないように注意する

③蒸らす時に蓋を取ると熱が発散して出来が悪くなるから決して取らない事

 

「おネバ」の破壊力がすごい…。

無精者の私はは掃除が厄介だから吹きこぼれないように気をつけていますが(そして失敗しています)、本書では栄養価値が高い重湯をこぼしてしまったご飯は、栄養分を捨てた残りカスも同然と書かれていました。

…気を付けなきゃ…耳が痛いです。

 

 

この後、水炊き法、湯炊き法の紹介、玄米飯、半搗米飯、麦飯、重湯、玄米重湯、粥と、バラエティに富んだご飯の炊き方が続きます。

この辺りは水加減と時間の説明なので、割愛します。

 

 

総菜料理までの道は、まだまだ遠いです。

 

 

ジムソ治療から3日経ちました。

 

2~3日痛みが残るかもと言われていましたが、それは特になく。

翌日は副作用なのか何なのか体温が35.6℃でから上がらず、なんか怠いな…という感じだった位でした。

 

ジムソの効果はまだ感じられず、痛みは結構続いています。

もしかして少しは良いかもと思ってケチャップライスのオムライスを食べたら、寝込むレベルで痛かったです。

 

まだ『やって良かった…おねがい』は程遠いです。

 

先生も効果が出るのは2~3回目からって言っていたので、望む方が悪いんです…とはいえ、あんなに痛かったんだから少しはいい思いがしたい、というのが本音です。

 

熱くて苦いコーヒーが懐かしいです。

 

 

そんな訳で、今日は仕事の合間に次のジムソ対策を考えていました。

 

治療の終わりに看護師さんが「次のジムソの時は30分前に痛み止めの座薬を入れると楽になるかもしれません」と言っていたので、これは試してみようと思います。

これで少しはマシになったらありがたいんですが…。

 

治療中はずっと上向きで寝ていたので、横になって体を曲げるとか、家だと痛みが出た時は落ち着くまで座っている事が多いので腰掛けてみるとか。

体勢は勝手にやって管が外れたら大変なので、看護師さんに相談ですね。

もし横になれるなら、クッションとかを抱き込むと体勢が固定され良いかもしれません。

上向きのままでも、抱いていると精神的に楽かもしれないので、持って行ってみようと思います。

 

後は、深呼吸する時にアロマのスプレーをハンカチに吹きかけるとか。

好きな音楽の15分verを作るとか。

…これは、痛い時に聞いていると嫌いになりそうなのが気がかりです。

 

 

思いついたのはこの位です。

色々試して、少しでも楽に治療を受けたいと思います。

 

 

病気や治療に関わる事なので念のため。

間質性膀胱炎は人によって症状が出る食べ物や治療が全然違うそうです。

あくまでも私の治療の覚書という感じで読んでいただけたらありがたいです。

 

 

 

 

 

昭和6年に刊行された婦人誌の新年号付録の紹介です。

 

 

レシピに入る前に『日本料理の基礎知識』として、台所用具や食器類の紹介が載っています。

台所用具はイラストで丁寧に解説されていて、見ているだけで楽しいです。

 

珍しかったのは『重湯(おもゆ)取り』ですね。

業務用のスチールのコショウの容器(円筒で上面に小さな穴が開いてるやつ)の穴が少し大きくて取っ手が付いたような形をしていて、お釜の中に入れると重湯が取れるそうです。

 

重湯はお粥から米粒を取ったもの、という説明でいいのかな。手術などで絶食をした後にまず出される、サラサラしたヤツです。

当時は今みたいに粉ミルクや離乳食が普及していなかったので、赤ちゃんのミルク代わりや離乳食ために必要だったのかもしれません。

 

鍋の説明の中で、鉄製の鍋釜の金気の取り方に、10%の石炭水で一昼夜煮沸した後水だけで二昼夜炊き通すとあって、読みながら「料理じゃなくて呪術の本だったかな…」と疑ってしまいました。軽い金気ならさつま芋を「どっさり」煮ると良いそうです。

現在の鉄鍋は使い初めに「よく洗ってから火にかけ、水分をじっかり蒸発させた後油慣らしをして下さい」と紹介されている事が多いと思います。

 

その他、二つの泡だて器をハンドルで回す手動の泡だて器やドーナツやゼリーの型、パイ切り、チーズおろしなど、庶民どころかよほどのお家でないとなかっただろうと思えるものも紹介されていて、読者の奥さん達はいつかこんな調理器具を使って家で洋食を食べる生活を…なんて思っていたのでしょうか。

 

昭和6年は、第一次世界大戦後の比較的平和な時代だったようですが、昭和4年に起きた『世界恐慌』の煽りを受けた『昭和恐慌』の真下でした。

 

その為か、燃料の紹介では。

『燃料は薪、木炭、石炭、石油、瓦斯(ガス)、電熱があります』

『電熱は最も文化的な燃料で使用法は極めて簡単かつ安全ですが、何分にも設備費がかかりますし、使用料金が比較的高いのでまだまだ一般的でありません』とあります。

日本のオール電化の普及は1950年頃からしいので、この頃の電気コンロは時期尚早だったかもしれません。

 

ガスは一番経済的で簡単、火力も強くて重宝な燃料です。ただ、広く普及されて来たとはいってもまだ使用できない土地が沢山あります、と書かれていました。

それに比べると、この頃広く売り出されている石油の焜炉(コンロ)はガスと比べると使い方がちょっと面倒だけど火力の調整も自由にできるし、非常に強い火力で一時間使用しても石油5、6勺で済みます。と、この書籍の著者は結局のところ石油推しだったようです。

今では使う事のない『1勺』は一合(約180ml)の1/10でした。

 

だんだんと料理の本から離れていっているような気がします。

 

何も作る事なく、最初の30ページ位はこんな感じで過ぎていきました。

『敵を知り己を知らば百戦危うからず』は孫子の言葉ですね。調理器具と燃料を知らないうちは料理などまだまだ…なのかどうかは分かりませんが、女性は学校を卒業した後は家事手伝いとして家で過ごし、結婚後は「家庭婦人」になる事が多かった時代なので、知識欲を満たす役にはたっていたのかもしれません。

 

 

次から料理の紹介になる…といいな。