中年の研究 ー中年をどう生きるか  ~目次~ 

 はじめに 第1章 ようこそ中年へ(1)中年はいつ始まり、いつ終わるのか/ 私が中年を意識した頃/ 中年の始まりは40歳前後とは限らない / 35歳が中年の始まり? / 25歳の娘の眼からは52歳の私は高年! / 苦肉の言葉? 中高年 / 「中年は伸縮自在な年齢」その理由 /(2)中年という言葉は、いつ、どこから生まれてきたのか / “俵かつぎ”対抗リレーで壮年団が与えた感動 / 「中年の魅力」という言葉を耳にしたのは昭和30年代~40年代だった / 「中年者」という言葉は江戸時代からあった / 中年世代人口と若年世代人口の逆転 / アメリカで出版された『ミドル・エイジ・クライシス』 / ギリシャ神話の中年男・ミダース王(3)ひとは、いつしか中年になる  /  年齢よ! 37歳のままで止まっておくれ! / 永遠に37歳でいられるのが「最高」!? / まだ若い≠若い / 中年は一日にして成らず / 中年のしるし ベスト・スリー / 中年の”番付“とライフサイクル上の位置 / 「新婚さんVs.中年夫婦さんいらっしゃい!」 / 第2章「中年になる」ということ (1)中年になるということは人生が半分過ぎたということ / 中年の発見 / 中年現象の共通性 / 人生の残り時間を意識する / あることを終えたという感覚に包まれる / 青春の魔法を失う / 老いや死を意識しだす / 一年をはやく感じるようになる理由(わけ) / (2)中年の峠から見えてくるもの / 失うものと得られるもの / 肉体の衰えの中に生の本質を発見する / 中年からの時間の質 / 中年は体験と時間を実らせる / 世の中や人間がわかるようになる? / 中年からは“知恵と技”が勝負の切り札 /  (3) 本当の大人になる /  私が「自分は大人になりきれてない?」と懐疑的になるとき / 私を懐疑的にさせる理由 / ”迷えるオトナ”?/  大人になんかなりたくない?  第3章 私の中の中年もよう1)中年になったことに誇りをもてるだろう / 中年の私は二つの間(はざま)で生きている / オヤジの魅力は”ホットする”ところと”哀愁感”/ 中年を誇ろう!/ 中年と同窓会 /過去は宝物 / 内なる少年性 / 父親の心を知る / 親から子へ・・・/(2)中年になったればこそゆったりと アルコールとのつきあい / 酒と私  / ゴロゴロしててもいい / 中年と趣味 / 庭いじりを好むようになる理由(わけ)/中年と家事 /中年とお金 / 貯まる人と失う人 (3)中年における”不安”や”危機”も人生の通過点 / 熟年離婚の増加は本当? / 夫婦・・その”理想と現実” / 長寿社会と”中年夫婦” /  第4章”中年の危機”をのりきる (1)中年の危機とは何か ピントこない?”中年の危機”/ 私も”中年の危機”のただ中にいた・・・/それはアメリカ発だった/レビンソンがとらえた”中年の危機”における危機/ ”中年の危機”は誰にもやってくるという/ 〈2〉危機は成長過程の一部? 8つの危機 /8つの危機の意味するもの/危機は成長の可能性を孕(はら)んでいる/「中年の過渡期」(=危機)の3課題 を考える/ エリクソンによる発展的危機説 / アメリカで中年の問題が始まった理由(わけ)/(3)危機は変化と可能性への糧である 人生を段階的なものとみる東洋的な特徴 / 昇りの梯子を見失う/ 日本における”中年の危機”/元祖!?中年の危機への対処人ーカール・ユング / ユング自身が体験した中年の危機 / 「創造の病(クリエイティブ・イルネス)」と危機の克服  第5章 中年からを生きる 1)自分らしく生きる  四十になったら惑わない / 今を愉しむためと将来に備えて”好きなこと”をする / 人と余計な競争をしない / 自分らしく行く(生きる) 

   

  第5章 中年からを生きる

      (1)自分らしく生きる

             Ⅰ~Ⅵ

Ⅵ-Ⅴ)内なる声や内で燃えるものに従う

 日本人の平均寿命が年々延びていて、ひところは「人生80年時代」と言われていたが、今は「人生100年時代」だそうである。確かに100歳以上の高齢者は増えている。1963年には153人だったそうだが、昨年は9万人を超えている。

 

 しかしだからといって、近いうちにみんながみんな、急に100歳まで生きる時代になるとは限らないだろう。もちろん平均寿命はこれからも延びていくかもしれないが、

 しかし例えば、コロナ感染によって平均寿命がそれまでよりも少し短くなっていたということがあったように、これから先、日本人の平均寿命がどうなるかは単純には予測できないからだ。

 

 ところで、平均寿命が延びている一方で、新聞の死亡欄に目をやると、50歳前後で亡くなっている方がいる。悲しいかな、私の同級生の何人かも50歳になるかならないうちに亡くなっている。

 

 また、50歳前後に、もしかしたら死んでいたかもしれないというほどの大病をしたという人々の話もこれまでたくさん見聞きしてきた。そうした例にふれ私が常々感じていることは、

 

 確かに医学の進歩や生存環境の改善・進歩によって100歳まで長生きできる時代になったとはいえ、人は古来より、50歳頃が生死の節目になっているかもしれないということだ。実際、平均寿命が50歳だったため、「人生50年」と言われる時期もあったぐらいである。

 

 生死のことはともかく、その節目の「50歳」は、人の心に特別な思いを抱かせる年齢のようである。以前テレビで当時80歳の瀬戸内寂聴さんはこう話していた。

 

 「 いろんな小説をたくさん書いてきました。しかし50歳のとき、私はふと思いました。とてもこれからさき、文学の理想とされているようなものは私には書けない」

 

 何が文学の理想なのかは、門外漢の私にはわからないが、ただ「50歳」のとき彼女の心の中で「ふと思った」ものがあったことは確かなようだ。

 

 また、文芸評論家の秋山駿氏は「いつもそばに本が」という文章(「朝日新聞」2002・10・13)をこう書きだしていた。

 

 「 五十歳を過ぎたころ、ふと私は立ち停(どま)った。懐疑が襲う。自分の書く文章が、身体の年齢のようには歳(とし)を取ってこないのである。これはどうしたことか。いろいろ工夫してみたがうまくいかない」

 

 こちらも、やはり50歳で何かを感じておられる。

 

 他にも大勢の方が50歳頃に起きた心の中の変化を語っています。

 

 憚りながら私も50歳のとき、「ある思い」にとらわれた。それは、これから先は自分がいちばん好きなこと、これをおいて他にやることはないというものに残りの人生をかけていくということだった。

 

 それは、心の内側からふつふつと湧き、内なる声、内なる燃えるものとでも呼べるようなものだったように思う。そしてそれは、私が長い間こだわり続け、私の中に根を下ろしていたものだったのかもしれない。

 

 そうしたことがあった中年真っ盛りの50歳の頃以来、私は残りの人生を、

自分の中の内なる声、内で燃えてるものに従って生きて行くことにした。

               ふたご座

 ■漫画『はだしのゲン』ラブラブを読む三毛猫 

             <29>

    「物語」の“発見” ー 終り

 ●物語を読むことはできても作れない私照れ

 『はだしのゲン』が面白いのは成長物語だからだというところから出発し、そもそも物語とはなんだろう? と物語そのものに興味を持った私は、成長物語が面白い理由、物語の基本、誰もが物語をつくれないわけ、

 

 そして漫画家・中沢啓治と彼に漫画家への道を歩ませるきっかけを与えた手塚治虫の両氏が、それぞれいかにして物語を紡ぐ方法を身につけたか、そして手塚治虫が書き残した物語のつくりかたの方法について紙数を割いてきました。

 

 物語に興味を持ったのは、『はだしのゲン』を読む子どもたちが飽きないように、作者の中沢啓治さんが、面白いストーリー(物語)をひねり出すために苦労していたということを知ったからでした。

 

 また、ふだん物語という言葉を目にしたり口にしているわりに、自分では物語をつくることができず、そればかりか「物語って何?」と自分に問いかけても、「それはこれこれこういう意味だ」とスンナリ説明できないことでした。

 

 そして、物語のことを少し“勉強”して、ある程度理解したり知識を持っていたほうが漫画『はだしのゲン』を何倍か面白く読めるかもしれないと思ったからです。

 

 そこで何とかして物語についてその定義や構造や作り方などについて掌中に収めたいものだと1ケ月ほどベンキョウしました。しかしながら定義(物語の意味)は辞書を引いたりして理解できたものの、

 

 残念ながら、肝心の物語の、多様な構造や作り方は習得できませんでした。

 

 もっともそれは無理からぬことです。まるで試験前の一夜漬けのようなベンキョウをして物語の構造・仕組みがわかり、実際に物語を作ることができれば、私も漫画の原作者や小説家などの“作家”になれるからです。

 

 しかしそんなに簡単になれるわけがありません。彼らの多くは漫画家や小説家になることを早いうちから目指して、不断に勉強し、修行を積んでいるだろうからです。

 

 私はと言えば、彼らがそうした努力の末に生みだした作品を、大勢の中のひとりの読み手として読んで、「面白かった」「感動した」「物足りなかった」などと勝手に感想を述べたり、ときに書いたりするのが関の山だからです。

 

 現にこうして書き綴っている、このブログの「漫画『はだしのゲン』を読む」がまさにその1つです。つまり、私は漫画家や小説家が作りあげた物語を読んで理解したり、ああだこうだ感想を述べることはできても、物語を自ら作り出すことはよほどの努力と訓練をへない限り多分できないのです。

 

 ●物語について私が知り得た ーその1うお座

 物語をなんとか理解しようと参考書を色々と手にしました。たとえば次のようなものです。『物語の法則 強い物語とキャラを作れるハリウッド式創作術(クリストファー・ボグラー&デイビッド・マッケナ KADOKAWA)『物語のつむぎ方入門 〈プロット〉をおもしろくする25の方法エイミー・ジョーンズ 創元社)『物語の体操』『物語の命題』『キャラクター小説の作り方』等々大塚英志氏の著書の数々他諸々。

 

 しかしながらそれらをせっかく手にしても残念ながら内容を吸収し、身体に”落とし込む”ことはできませんでした。けど、物語のことを1か月間ベンキョウしたけっか何も成果がなかったといえばそんなことはありません。

 

 確かに物語の多様な構造を理論的、包括的に短期間で理解し、また物語を作りだすことは極めて難しいことです。しかし、物語に関して知り得たことはいくつかあります。

 まず、物語とは何ぞや? ということで言えば、難しい定義はともかく、前の〈27〉でふれたように、物語とは簡単に言えばお話しのことであるということです。

 

 お話しとは(何度も例えに出しますが)「桃太郎」や「浦島太郎」といったお話しです。それらのお話しはれっきとした物語です。

 

 つぎに、物語の基本パターンのひとつは、「行って帰る」というものです。

 

 登場人物の主人公なり誰かかが、「こちら側」から「むこう側」へ「行って」「帰る」。

 「桃太郎」で言えば、大きくなった桃太郎が、じいさん、ばあさんと暮らしていた「こちら側」から、イヌ、サル、キジをお供に連れて「むこう側」の鬼ヶ島に「行って」、鬼たちを成敗した後で宝物を「こちら側」に持ち「帰る」。

 

 つまり「行って帰る」です。

 

 「浦島太郎」も、漁師の太郎は、助けたカメの背中に乗って、浜辺の「こちら側」から、タイやヒラメが舞う「むこう側」の竜宮城へ「行って」、乙姫様から玉手箱をもらって、ふたたび浜辺に「帰る」。

 

 長編アニメーション映画『崖の上のポニョ』(2008年・宮崎駿監督)も「行って帰る」物語です。

 

 『崖の上のポニョ』は前にふれたように私がかつて幼かったころの孫に何度も読み聞かせした物語です。読み聞かせしていた当時は、孫を寝かしつけるために、絵本(徳間書店)に書いてある字をただ読んでいるだけでした。退屈すると孫だけでなく私も一緒になっていつの間にかいつも眠っていました。

 

 このほど何年かぶりかであらためて読んでみると、2つの「行って帰る」物語が仕掛けられているのが見てとれます。

 

 1つは主人公の宗介と出会った、外の世界にいきたくて海の底の家から家出をしてきたポニョ(さかなの女の子)は海の底にいちど連れ戻されますが、半魚人から変化して人間の姿になって戻ってくる「行って帰る」物語です。

 

 もう1つは宗介がポニョとともに水の底のポニョのお母さんのたちのいる場所に「行って」、魔法が使えなくさせられ再び宗介とともに地上に「帰る」物語です。

 

 また、終戦から2年後の昭和22年に発表された手塚治虫の『新宝島』。

 

 少年時代の藤子・F・不二雄と藤子不二雄Aの2人が「絵が動く! 音がきこえる!」と叫んだと言われ、やはり少年時代の中沢啓治がそれと出会ったことで漫画家になろうと決意させたという作品です。

 

 その後うまれた数々のストーリー漫画の先駆けとなったその長編ストーリー漫画の『新宝島』も、

 

 主人公のピート少年が亡くなった父が残した地図を手に宝島に宝探しに「行って」、宝を発見して「帰る」という「行って帰る」物語でした。

 

 すべての物語が「行って帰る」物語になっているとは限らないとは思いますが、その「行って帰る」物語の原初的な形はお母さんが赤ちゃんにする遊びの「いないいないばあ」だといわれます。

 

 お母さんは、(両手で顔を隠して)「いない いない」と言いながら「お母さんがいる」世界から、「いない」(顔が隠されている)という世界に「行って」、

 

 そして「ばあ」と言って隠していた顔を出して再び「お母さんがいる」という世界に「帰る」(戻ってくる)からです。

 

 ちなみに、知り得たことの最初にあげた「物語はお話しのこと」というその「お話し」は、

 

 私が物語についてモヤモヤしていた時期に新聞代を集金に来たSF小説を読むのが趣味という青年が「物語はお話し」と話したことをそっくり頂戴したもの”ですが、

 

 物語の基本パターンのひとつだという「行って帰る」という点は、『ストーリーメーカー』(大塚英志・星海社新書)から知り得たことです。

 

 ●物語について私が知り得た ーその2タコ

 物語について私が知り得たことの次なる点は、先の手塚治虫の『新宝島』がストーリー漫画のはしりだったというときのそのストーリーは物語と同じ意味ということです。なあんだ・・・そんなこと? と思われるかもしれません。

 

 しかし私は長い間、ストーリーと物語は別物で、ストーリーは物語の“筋”とか“筋書き”のことだと理解していました。けれども、確かに、ストーリーは筋や筋書きの意味であることに相違ないものの、辞書に載っている1番目の意味は、

 

 「物語。お話。また、事柄・事件の内容」(日本国語大辞典)なのです。

 

 つまり、ストーリーと物語は同じことなのです。だから、そういうことでいうと、物語とお話しとストーリーは結局のところ同じ意味ということになります。

 

 物語やストーリーと聞くと紆余曲折の展開、話が複雑に入り組んだ重層的な形を思い浮かべます。しかし、お話しと聞くと、紆余曲折や重層さが影をひそめるような気になります。

 

 でも、あるひとつの物語もストーリーも、そしてお話しも内容は同じなのです。

 

 このように理解したけっか、これまで絡まっていた糸の固まりがほどけたような、スッキリした気持になりました。

 

 そして、それまでつかみどころのない、摩訶不思議なものに見えていた「物語」なるものの姿・仕組みがシンプルな形でイメージできるようになったように思います。

 

 それというのも、物語に関した本を何冊か紐解き、そこに書かれてあることを私なりに咀嚼・吸収したからです。そしてその咀嚼・吸収したものとこれまで読んだ物語やお話しや、それにこれまで見てきた様々な映画やドラマを重ねることができたからです。

 

 ●物語について私が知り得た ーその3イルカ

 では、私が『物語』の本を紐解いて咀嚼・吸収したけっかイメージする「物語」の仕組みのシンプルな形とはどういうものか・・・・・。

 

 まず物語には(1)場所と時間が示されます。例を再び『桃太郎』や『浦島太郎』にとれば、「むかし むかし あるところに・・」といった具合です。

 

 つぎに物語には(2)キャラクター(登場人物)が存在します。

登場人物がいない物語は考えられませし登場人物ほど重要なものはありません。なぜなら、登場人物が(3)動くすなわちアクションを起こすことで物語(ストーリー)が転がっていくからです。

 

 もっとも、なかには例外もあります。その昔、登場人物が「動かない」映画があったそうです。私は実際に見たことはありませんがそれはアンディ・ウォーホルの『スリープ』(sleep)という作品(1963年)です。

 

 映画はウォーホルの知人男性が横たわる姿ばかりを延々と5時間余りにわたって撮影したものだそうですが、男性が一向に動かないので怒った観客がついにしびれをきらして、スクリーンに向かって、

 

 「おい! いいかげんにしろ!起きろ!」と叫んだそうです。そりゃ誰だって怒りたくなりますよ。しかしそんなのは例外で、ふつうの物語は、登場人物が動いて、その行動に端を発してさまざまな出来事が起きます。

 

 そんな登場人物のなかで、物語の進行を担う中心人物が(4)主人公です。

『はだしのゲン』でいえば言うまでもありませんが少年ゲンです。また先の『新宝島』の主人公はピート少年です。

 

 そして、その主人公たちはそれぞれ(5)望みや目標や直面する問題、もめごとや事件を抱えます。

 

 ピート少年は宝島の地図をたよりに宝を探しに行くので宝を探し当てるのが目標です。また少年ゲンの望みや目標は、いつも父親が言っていた「麦のように踏まれても 踏まれても強く生きる」ことです。

 

 しかし主人公が抱いた望みや目標がすんなりと達成されることはありません。また、もめごとや事件がすぐ解決するということもありません。

 

 それだと話は終わってしまうし盛り上がりません。読んでいても、なあ~んだとなります。

 そこで主人公たちの望みや目標の前には(6)対立・障害・難題・事件・試練・窮地等が立ちはだかります。

 

 しかもそれらは、ちっとやそっとでは解決する代物ではありません。その窮地を乗り越えるのはさすがに無理なのでは? と思わせるようなレベルのものです。

 

 そのけっか、それらは、主人公が望む目標を手に入れるのを妨げるため、主人公に苦闘や葛藤を強いるのです。主人公の苦難、苦闘、葛藤なくして物語は成り立ちません。

 そして、登場人物の中で、主人公に繰り出されるそうした障害や対立や邪魔になるものを担うのが(7)脇役であるライバルや敵役です。

 

 『新宝島』のピート少年の宝探しの障害になり敵役として立ちはだかったのは、ピート少年から宝島の地図を奪い、宝物をせしめようとした海賊のボアールでした。

 

 『はだしのゲン』のゲンと親子の前に立ちはだかり、対立・葛藤を生みだしていたのは親子を非国民よばわりして苦しめた“町内会長”や“町の住民”たちでした。

 

 なお、脇役や敵役は、強く巨大だったり、悪く、いじわるなものであればあるほど物語は盛り上がります。かれらは主人公の存在を輝かせます。

 つまり、かれらがいるおかげで、主人公が浮かび上がるとさえいえるでしょう。

 

 また、主人公に立ちはだかり対立・障害・葛藤を作り出すものは人間ばかりとは限りません。動物や自然現象、環境、目には見えない神仏などもありえます。

 『はだしのゲン』の主人公ゲンは怖ろしい原子爆弾によって肉親を奪われ、その後さまざまな苦難に見舞われます。

 

 さて、対立・障害・試練を乗り越えながら、主人公は少しずつ(8)成長していきます。成長し変わっていくことが重要です。

 

 人が、人生において、経験や新しい人間関係、成功や失敗をへて成長していくように、物語の主人公も物語中の出来事を通して何かを学びながら成長し、変化していきます。読むほうは、主人公の成功する姿に感動しさらにその先を読みたくなります。

 

 『はだしのゲン』のゲンは前もふれたように弟・進次の1粒の米を取り上げる兄らしからぬ兄でしたが、しかしその後、進次がかねて欲しがっていたプラモデルの「軍艦」を、ゲンがガラス店のおじさんからもらったものを進次にあげていました。

 ゲンも成長していたのです。

 

 さてつぎに、この物語は「次に何が起こるのだろう?」という(9)緊張感です。

 

 主人公は「一体どうやってこの窮地から抜け出すのか?」というハラハラドキドキ感です。

 『新宝島』のピート少年はたどり着いた宝島で河をロープで渡ろうとするとき、海賊のボアールにロープを切られて河に落ちて流され、大きな滝に落ちそうになります。読むほうはすっかり主人公になりきっていますからハラハラドキドキ感は半端ではありません。

 

 そしてその緊張感が最も高まるところが(10)クライマックスです。

 

 クライマックスは物語が最も盛り上がり、最高潮に達したところです。つまり、物語の頂点、山場です。

 

 そして物語は(11)結末を迎えます。主人公が立ちふさがるすべての困難を克服して、物語、ストーリー、お話が終わるのです。

 

 最後に、物語には(12)テーマがあります。テーマは作者が物語を通して模索したいことや主張したいことです。

 

 『新宝島』のそれは「冒険」。『はだしのゲン』のそれは、主人公が「踏まれても踏まれても麦のように強く生きる」ことです。

 

 ●「物語」が発見できていなかった頃宇宙人あたま

 10年ほど前に、私は幼い孫に「じぃじがお話してあげる」と言って、

「じぃじが会社の帰りにバスに乗っていたら、バスの後ろにヘンなものが現われました。ナント! それはユウレイでした!」と何度か“お話し”をしたことがありました。

 

 ユウレイと聞いて最初は興味をしめして聴いていた孫でしたが、私の話は毎回、ユウレイが出たとこで終わっていたので、孫はそのうち、「もうやだ!」と言いました。

 いま思うと無理もありません。

 

 ユウレイはその後、どうもせず、バスの中では何も起こらず、全然“お話し”になってなかったからです。

 

 いまなら、物語を少しベンキョウしたのでちっとは物語らしく話せたかもしれません。

 しかし今ではその孫も高校生2年生。幼い頃そんなことがあったことなど全く覚えていないでしょうし、仮にいまそんなお話を聴いても「はぁ?」と変な顔をされるだけでしょう。

 

 ・・・・ということで、「物語」の“発見”の話はひとまずこれで終わりにし、

次回からは『ゲン』の第2巻以降を読むことにしたいと思います。

―続く

              ふたご座チューリップオレンジちょうちょラブラブパンダ

             2023年7月14日(金)

                  ヒマワリ