戦争はごめんだぜ! ⑫
このブログは、「戦争はイヤだ」「日本が戦争を起こすことは何としてもやめさせたい」
という声を、微力ながら少しでもひろげたいという思いで始めたものです。
※
023 昨年末86歳で亡くなった 民間人として中国大使を務めた丹羽宇一郎さんは、
著書『Z世代は戦後初めて銃をとる世代になるかもしれない』で
「日本はどんどん戦争に近づいているように見えます」と書いている
今や国会前だけでなく全国各地で「戦争反対」「憲法を守れ!」とデモや集会が
行われています。参加者の中には、「たしかに9条が改憲されたら困るがまさか日本が戦争の当事国になることはないだろう」と思う人もなかにはいるかもしれません。
自分自身が戦争当事国の一員になるとにわかには信じられないし
信じたくもないと思っているかもしれないからです。
しかし反対に、中には、本当に「この日本が戦争を起こすかもしれない」
「戦争に巻き込まれてしまうかもしれない」と考える人も多くいるかもしれません。
そうした危機感があるからデモや集会の場にいるだろうと思われるからです。
ところで、そうした中、「この日本が戦争を起こすかもしれない」「日本が戦争に
巻き込まれることがあるかもしれない」と考える人は、デモや集会に参加している
多くの女性や若者だけではないはずです。
わたしは最近ある人の著書を読みました。
著者は丹羽宇一郎(にわ・ういちろう)さん。昨年末、86歳でお亡くなりになりましたが、生前は伊藤忠商事の会長や日本郵政取締役などを歴任し、2010年に
民間出身では初の中国大使に就任。その後は公益社団法人日本中国油工協会名誉会長を務められた方です。著書は「Z世代は戦後初めて銃をとる世代に
なるかもしれない」(東洋経済新報社 2026年)というものです。
少しドキッとさせられる題です。
日本は憲法のもとで平和が続いているため、軍隊である自衛隊が戦後初めて戦争で
銃をとるようなことがかりにあったとしてもわたしはドキッとすると思いますが、
その軍隊ではなく、1996年~2012年頃に生まれたZ世代が銃をとる世代に
なるかもしれないとあるからドキッとなるのはなおさらです。
その Z世代は、今年2026年現在では、およそ14歳から30歳になる年代にあたるといわれます。まさに若者たちです。
本の帯には、「大人が始めた戦争を、戦うのは誰か。君たちはどのような選択をするのか」・・・とありこう書かれてあります。
「私には、日本はどんどん戦争に近づいているように見えます。このまま戦争へと
近づき、いつか再びどこかの国と戦争をすることになるのでしょうか。そのとき戦うのは誰でしょうか。戦争をしない道を選ぶにせよ、力対力の戦争をする道を進むに
せよ、タイムリミットは迫ってきています。若いみなさんは、どちらの道を行くことになるのでしょうか。できることなら、私もみなさんと共に考えていきたいところ
ですが、残された時間は長くはありません。ですから、みなさんが未来を考える
上で、参考になりそうなことをここに書き記します」
—―—つまり、その本を書き上げて昨年末86歳で亡くなった丹生さんも、
亡くなる前に書いたその遺書となった本の中で、
「日本はどんどん戦争に近づいているように見えます」
・・・・・と書いているのです。
024 丹羽さんは暗黒の闇の中にも光はある、その光源は若い人たちだと言い、
戦争か平和かでたとえ意見の相違はあってもお互いに幸福を求めている
ことがわかれば、戦争をしないための糸口がつかめるはずだと言っている
「日本はどんどん戦争に近づいているように見えます」——と現在の日本を見て
いた丹生さんですが、実はそう書いたあとすぐに、
「そして国民も、それを望んでいるかのようにさえ見えることがあります」
とも書いています。
本の題が「Z世代は戦後初めて銃をとる世代になるかもしれない」というのにも
ドキッとしましたが、わたしはこの一文——国民も日本が戦争に近づいていくそれを望んでいるかのように見える――にもドキッとさせられました。
というのも、かつて戦争映画やドラマで見た覚えがある、1941年12月8日、「帝国陸海軍は、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」という太平洋戦争の開戦を告げる大本営が発表したラジオの臨時ニュースに当時の国民が歓喜の声をあげていたシーンが思い起こされたからです。
実際、『ごんぎつね』などで知られる童話作家の新美南吉(にいみ なんきち)は、
その太平洋戦争開戦時、「ばんざいと叫びたいような衝動を受けた」と自身の日記に
書き残しています。開戦のニュースに接して体が震え、そうした強い衝動を覚えた
と赤裸々に心情を記していたようです。
また、今年2月にあった総選挙戦のさなかに、日本の現在の政治が「右へ右へと
流れている」という野党議員の演説を聞いたことなどが思いだされたからです。
ただ、わたしは現在の「日本国民が戦争を望んでいる」かどうかは
知る由もありません。そうあっては欲しくないと強く願っています。
しかし丹生さんは、「日本はどんどん戦争に近づいているように見えます」
「国民も、それを望んでいるように見えます」と書いて、今の日本が、
まるで暗雲垂れ込めたのっぴきならない社会状況にあると感じていることを
その本の中で吐露しているのです。
しかし、丹羽さんはどんな根拠で「日本はどんどん戦争に近づいているように
見えます」と書いているのでしょうか?
まず丹羽さんは、平和を望まない人はいないが「人類が生存する限り戦争が姿を
消すことはない」とし、
「平和は、砂漠の蜃気楼のようにぼんやりと姿を現してはすぐに消えてしまいます」と平和が不確実なものであることを指摘します。
そして、戦争は、「日本には関係ない、自分たちには関係ないと拱手傍観できますか。日本は80年戦争をせずに経済発展をしてきたのだから、これからも平和だと
楽観できますか」と疑問を呈し、
さきほどから紹介しているように、「私には、日本はどんどん戦争に近づいている
ように見え」「国民も、それを望んでいるかのようにさえみえることがあります」
と書き、その理由、すなわち根拠として
日本の防衛費が次のように大きく増額されている点を取り上げています。
・日本は2022年末に防衛費を2027年度までにGDP(国内総生産)比
2%まで増額するとした。
・GDPの2%にすると、日本の軍事費は世界第3位のロシアと肩を並べることに
なる。軍事費の大きさだけなら日本は紛れもなく軍事大国です。
そう指摘したうえで、丹羽さんは「日本にとって喫緊の課題は軍事力よりも経済力を回復させること」「経済力のない日本を世界が相手にするとは思えません」
としたうえで、こう述べます。
「軍事力の強化を心強いととるか、危険な兆候ととるかは人それぞれでしょうが、
日本が戦争に近づきつつあることだけは、両者の見解が一致するところではないで
しょうか」
そして丹羽さんは、「戦争に近づきつつある」日本で「これから起こり得る場面」
を考えてみようと問題を投げかけます。
・日本はこのまま戦争へと近づき、いつか再びどこかの国と戦争をすることになる
のだろうか。そのとき戦うのは誰か?
・未来の日本が戦争をするとき、その光景を見るのも、その中心にいるのも、
それは私(丹羽さん)の世代ではなく、「いまのゼネレーション」と、
その「子どもや孫たち」だ。
そして、「世界から戦争がなくならない限り、日本も戦争をしないとは限りません」としたうえでこう述べます。
「日本の平和をどう守るのか。戦争をして守るのか、戦争することなく外交交渉とさまざまな分野の話し合いで守るのか。いずれを選択するにせよ、私たちはこれからも争いの絶えない世界で、生きていかなくてはならないことを肝に銘じておかないといけません」
ここでわたしが驚いたのは、平和か戦争かではないことです。
戦争をして平和を守るか、戦争をしないで話し合いで守るか、
つまり平和のためには戦争もやむをえないという選択肢が考えられています。
日本はどんどん戦争に近づいているように見える、という認識にたっている
ためだからでしょう。
しかし、「・・・肝に銘じておかないといけません」と書いたそのあとすぐ丹羽さんはこう書いています。
「私は戦争のなくならない世界で、日本が戦争をしない道を選択することは、
けっして不可能でもなければ非現実的な夢物語でもないと考えています。
ただし間違いなく困難な道です。戦争をしない道を選ぶことも、覚悟を持って
臨まなければなりません。無論、武力を強化して力で平和を維持する道も、
もう1つの選択です。この道を選んでも、日本は重い負担を背負うことになります。
単に強がっているだけでは蟷螂(とうろう)の斧ほどの力もありません」
(「蟷螂の斧」は、弱い者が自分の実力も考えず、強大な相手に無謀に立ち向かうことのたとえの意)
そうしたなか、日本が戦争をしない道を選択するか、武力を強化して力で平和を
維持する道を選択するか――。
丹羽さんは次のように結んでいます。
「現在の私たちの行く手には暗黒の世界が広がっているようにしか見えません。
しかし、絶望だけのこれからだけではありません。私たちの世界には仄かな希望の光は確実にあります」
「闇の中の唯一の光は、若いみなさんです。光源はみなさん自身の他には
ありません」
「たとえ意見の相違はあっても、お互いに幸福を求めていることがわかれば、
戦争をしないための糸口がつかめるはずです」
「世代は限りなく続くのです。世界に希望の光は永遠に残ります。力なき平和は無力とあきらめる必要はありません」
※
丹羽さんの考え方や意見に全部は賛成できないというひともいるかもしれません。
しかしわたしはいま、こうした丹羽さんの伝言をかみしめているところです。
2026年8月19日(水)
立秋 蒙霧升降す(のうむしょうこうす)
深い霧がたちこめるころ
春は霞たち、秋は霧けぶる空模様。