第1章 ようこそ中年へ

   

    (3)ひとは、いつしか中年になる

 

       (前項:②永遠に37歳でいられるのが最高!?)

 

③まだ若い≠若い

 

 もちろん、いつまでも37歳(女性は29歳?)のままであり続けたい、永遠に青春のままでいたいと思ったからといって、叶うわけがない。

ひとは、一年、一年、年を取っていく。その間に、歯が欠けたり、おなかに肉がついたり、髪が薄く、白くなったりと、容貌も変わっていく。

 

 意識の上では〈37歳〉は保持しえても、実年齢は確実に数を増やしてゆき、それに伴い、〈オレはまだ若い〉という気持ちと〈もう若くない〉という相反する気持ちが時としてせめぎ合う。

 

 しかし、37歳云々に関係なく、〈オレはまだ若い〉と思い始めたときから、すでに、もう若くはないのである。だいいち、十代、二十代の頃に、〈オレはまだ若い〉、あるいは、〈ワタシはまだ若いワ〉とは言わない。若さのただ中にいるから、まだ若い、と「まだ」をつける必要がないのだ。

 

 十代、二十代が過ぎ、三十代も半ばに達し、決してもう若くはないのだが、気力、体力上、まだ若いと感じられるから、〈オレは(ワタシは)まだ若い〉と言うのである。つまり、まだ若い=もう若くない、ということだ。

 

 ところで、まだ若い、あるいは、もう若くないと感じたり、思ったりするきっかけは何だろうか。それは、自分たちよりも若い世代がハッキリと見えてくるときである。

 

 三十代ともなれば、自分たちよりも若い十代や二十代が、明らかに自分たちとは異なる雰囲気を持った世代として目にとまるようになってくる。服装や身のこなし方や話し方、それに食べ物や人気のアイドル、よく聴く音楽などが自分たちの世代とは異なる彼ら(彼女ら)が、まるで、”異人”のように見えてくる。

 

 それで思い出すのは、私が中年の入り口にいた35、36歳のときだった。まだその頃は、いまとちがって、NHKの紅白歌合戦を熱心に見ていた。で、ビックリしたのは、男性アイドルグループ”光GENJI"をその歌合戦で初めて目にしたことである。

 

 歌って踊るだけでなく、ローラースケートをはき、ステージをかけ回り、しかもバク転までやるという彼らは、私たちの世代のアイドルであった橋幸夫や舟木一夫や西郷輝彦たちとは似ても似つかぬ、”現代のアイドル”(当時)たちだった。私は、つくづく自分の年を感じたものだった。

 

 それから十五、六年たった(五十二歳の)いま、”光GENJI"はすでに時のかなたに遠のき、今では”モーニング娘”や”ミニモニ”の時代であるが、私もすでに中年の奥地へとさしかかったために、かつて中年の入り口で”光GENJI"によって受けたショックほどのものはない。

 

 私は、押しも押されもせぬ中年になっていたのである。

 

④中年は一日して成らず

 

 押しも押されもせぬ中年? 思わず書いてしまったが、「押しも押されもせぬ」は、実力があって堂々としているとか、ゆるぎのない地歩を占めているとか、れっきとしたという意味である。いまや、押しも押されぬ横綱になったとか、一流企業に成長したというならピッタリだが、押しも押されぬ中年というのは、書いてしまって言うのもなんだが、少し気がひける。

 

 なぜなら、五十二歳、中年まっさかりにある私の中年ぶりは、ざっと以下の通りだからである。だいいち、精力―心身の活動力、根気、元気、性的な能力ーがガクンと落ちた。ビロウな話で恐縮だが尿のキレも悪くなった。

 

 それと、死というものが自分にも確実にやってくるということがより意識されるようになっている。そんな中年男の私が、「実力があって堂々」もないものだ、つまり形容矛盾ではないのかと思えるから、気がひけたのである。

 

 しかし、「押しも押されぬ」を、「実力」とか「堂々」を無視して、「れっきとした」とするなら、五十二歳の私はまぎれもなくれっきとした、正真正銘(本物であること)の中年であることに誤りはないだろう。

 

 それでは、私は、いったいどの時点から、自分を押しも押されぬ(れっきとした)中年と自覚するようになったのだろうか。

答えは、五十代に入ってからである。四十歳の頃、あるいは四十代のとき、私は自分がすでに中年の域に入っていることに疑いを持つというこはなかった。

 

 しかしながら、気力、体力が五十代のころ以上に横溢していたために、五十代のいまほどには、中年を自覚していなかったのだ。

 

 そこで、三十五歳くらいから、五十二歳になるまでの十七年の年月を振り返ってみて感じることは、中年は一日して成らず、ということである。

 

 たとえば、早い話、「今日から新成人になった〇〇さんです」などと紹介されることはあっても、「〇〇さんは、めでたく今日から中年になりました。どうぞ仲良くしてやってください」とは誰からも言われない。

 

 また、三十五歳からは生活習慣病の検診が始まるが、血圧などに異常がなけば、ことさら、オジサンや中年だと意識することなく日々は過ぎていく。だが、十年、十五年と年が重なっていくにつれ、血圧が高くなっていったり、血糖値が上がっていったりする。

 

 そして、気にかけていた毛髪が薄くなったり、中年太りのために体型が変ってしまったりする。

 

 三十五歳くらいからの一日一日は中年への道だったのである。