第1章 ようこそ中年へ

    

    (1)中年はいつ始まり、いつ終わるのか

       (前項まで:①私が中年を意識した頃②中年の始まりは40前後とは限らない)

 

  ③35歳が中年の始まり?

 

   さて、これで、「中年は40歳前後」というのが絶対的なものではないことがおわかりいただけたであろう。

 

 どうも、万人が納得する「中年の年ごろ」はないといえそうだ。「50を過ぎても中年の実感がない」、あるいは、「中年はそれを意識した時に始まる」、そして、「70になっても中年と呼べる」というような「中年観」があるからである。

 

 しかしながら、それではあまりにも幅がありすぎる。それだと、「生涯教育」、「生涯現役」ではないが、「生涯中年」と言いだす人が出てこないともかぎらない。

 

 やはり、多くの人に共通した、中年の兆候があらわれはじめる年齢、あるいは中年の終りをしめす時期があるのではないだろうか。

 

 その点、先の三浦朱門氏は「 35歳が中年前期のはじまり」と書いている。そして、「この年だと、湯沸室の内部が変っているのに気付いて、それに順応できる」。

 

 「これが45歳だと、湯沸室の様子が変っていれば、茶を飲むのを諦めるか、喫茶店に紅茶を飲みにゆく。55歳では、そもそも湯沸室に入らない」―

 

 と、職場での観察結果をもとに、真性の中年とそれ以前をうまくうまく描き分けている。

 

 三浦氏の、「35歳が中年前期のはじまり」、つまり中年のはじまりという見方は他にも散見される。

 

 たとえば、青木雨彦氏監修の『中年博物館』の”はじめに”で青木氏は次のように書いている。

 

 「なお、中年とは”何歳から何歳まで”という定義(きまり)はない。この本では、とりあえず35歳から55歳までを中年世代としたが、これは、大正海上がおこなった”中年のライフスタイルに関する調査シリーズ”のアンケート結果に拠っている。」

 

 三浦氏の『中年前後』と、この『中年博物館』はほぼ同時代(1978年~1981年)に出ている本である。つまり、平均寿命がほぼ同じ年代の下で、お二人は、「35歳からが中年」と一致しているのである。

 

 今から(・・これを書いている)20年程前に、中年は35歳からと意識されていた。では、20年後の今はどうなのか。

 

 1998年に刊行されている『中年は恋愛の適齢期』(講談社)で、著者の関西学院大学教授・海老坂武氏は、『広辞苑』の中の〈中年〉の定義である「四十歳前後の頃」は現在では、「やや若すぎる」、せめて「四十五歳前後の頃」と書くべき、としつつも、

 

 「一応、〈中年〉を三十五歳から六十歳ぐらいまでを指す言葉」、としている。やはり、今でも中年は35歳くらいから始まる、と意識されている。

 

  ④25歳の娘の眼からは、52歳の私は高年!

 

  若い人は、中年の年齢をいつからいつまでとみているのだろうか。

 

 私はある日、25歳になる娘の意見を聞いてみた。「何歳ぐらいの人からオバサンに見える?」。中年をオバサンに置き換えたほうがわかりやすいだろうと思ったからだ。

 

 「22歳からはオバサン」。それが娘の答えであった。「エッ?」。私は、一瞬、絶句した。(22歳からもう中年?)そう思ったのだ。

 

 しかし、娘は、オバサンを中年の意味で聞いてはいなかった。女性の眼からすると22歳からはすでに”オバサン”化が始まると意味で言った「22歳から~」であった。

 

 そこで私は改めて問い直した。「そうではなく、中年という言葉があるでしょう? その中年は何歳から何歳ぐらいまでだと思う?」。

 

 「35歳から45歳まで」。

 

 娘は迷うことなく、そう言い切った。

 

 娘の答えを聞き、私は、35歳からは中年という説は〈真実〉と確信した。娘はふだん本をまったく本を読まないというわけではなさそうだが、もっぱらまんが本の愛読者である。当然のことながら、私のように『中年前後』だの『中年博物館』といった本を手にし、読むことはありえない。

 

 つまり娘は中年の年齢はいつから始まるということを本から知識としてインプットしていたのではなく、まったく自分の実感として、

「35歳から45歳までが中年」とスパッと断言したのである。

 

 そこには、そんなことを言ったら笑われるのではないかとか、マチガッテいるのではないかという恐れやためらいは微塵もない。

感じたままを言ったら自然に口をついて出たという感じの答えであった。

 

 それで、私は、巷間の、35歳からは中年、に〈真実〉を感じたのである。

 

 しかし、それにしても、45歳で中年は終わり? 「じゃあ、52歳のお父さんは中年じゃないの?」私は、ドキドキしてたずねてみた。

  

 「お父さん? お父さんは高年!」

 

 いやはや、70歳でも中年と言われる可能性があるらしいのに、私は50歳と少しで、もう高年の部類に見られている。

 

 父親に対しお世辞をを言う必要のない娘のホンネに、かすかなショックを受けてしまった。