こんにちは!館ぴろしきです。

梅雨入りを控えたこの時分、みなさまいかがお過ごしでしょうか?

寒暖差が激しかったり、湿度や気圧の変化が著しかったりと、なにかと心身の調子が狂いがちですよね。

私もこの時期は、なにかと体調を崩しがちでした。

そんなときよく飲んでいたのが、どくだみ茶。

まだ存命だったころの祖父が、繁茂したどくだみを庭先で摘んできては鍋で炒って天日干しにし、煮出してお茶にしてくれたことをよく覚えてます。

色も匂いもクセが強く、けして飲みやすいわけではないのですが、どうしてだか後味は爽やかで、一度口に含むと気だるさや頭痛がスーッとひいて、妙にスッキリした気分になれたんですよね。

祖父が死んでから今年で11年になりますが、今でもあの不思議な味わいのどくだみ茶を恋しく思います。

また飲みたいと思い立って、祖父のやり方を思い出しながら自分でお茶づくりにチャレンジしたこともあったのですが、うまくいかず。ただ苦くて臭いだけの鬱金色の液体しかできなかったんですよね。とても飲めたものじゃなかった。

市販のどくだみ茶を買ってみたりもしたのですが、あの祖父の手作りのお茶にあった、飲んでいると不快感や疲れがスーッと溶けていくような、手足が軽くなるような、独特の滋味深い味わいはなくて。

もうあのどくだみ茶を飲むことはできないのかな、と思うと、一抹の寂しさを覚えます。


さて、前置きが長くなったのですが。

今回は、先日購入した、どくだみにまつわるとある作品を紹介したいと思います。

その作品とは〜〜〜〜(ジャカジャカジャカジャカ……)、

ジャン!



どくだみの花咲くころ

作者は城戸志保さん。

刊行は講談社からです。


あらすじはこんな感じ↓

主人公の清水志郎は、小学5年生。勉強も運動もなんでもそつがなくこなす彼は、クラスメイトの信楽大吾のことを苦手に思っている。癇癪持ちで、些細なことでパニックになる信楽は、周囲から問題児と呼ばれ敬遠されていた。しかしある日、清水は図画工作の授業中に目撃した、信楽の作品に心を奪われる。それ以来、清水は信楽が作る作品に、そして信楽自身に、しだいに夢中になっていく……


この作品はもともと、同人誌作品として発行されたものなんですよね。それが有志の目に留まり、推薦を受けてアフタヌーン四季賞に応募されると、見事グランプリを獲得。SNSでのPV十万件を超え、連載化にまで至ったという、まさにトントン拍子に評価が広がっていった作品なんです。スゲェ〜……

まあそれもそのはず。

めちゃくちゃ面白いからね!!

物語としてはシンプルで、性格もクラスでの立ち位置も正反対の男の子ふたりが、自分たちだけの芸術作品の制作を通じて距離を縮めていく、という話。

派手な事件が起こったり、予測不可能な展開が続々と繰り出されたり、というわけではないのですが、

どういうわけか目が離せず、続きが気になって仕方ないんですよ。作品の持つ引力というか、読者を引き込むエネルギーがスゴい

いったいこの魅力はなんなのか?

理屈では安易に説明できないんですけど、あえて言葉で表現してみようと思います。

はたして私にできるかしら?


魅力①   多面的なキャラクター描写

本作には魅力的な登場人物がたくさん登場します。今回は主人公ふたりについておはなししますね。


ではまず、主人公の清水志郎(きよみず しろう)くんから。





裕福な家庭で、優しい両親に育てられました。成績優秀、運動神経抜群。話し上手で、誰に対しても社交的。
一方で、たとえば大人に気に入られるために、わざと問題を間違えるなど、人間関係については打算的な点も多い人物。「俺は人から妬まれたり、嫌われるのがいちばん怖い」といって、みんなと仲良く付き合うために本音を押え込んで生活するようなタイプです。それゆえ、信楽のことも「自覚なく傷つけてしまうだろう」と、意識的に避けて生活していました。このマインドを小学生で獲得するあたり、ダダ者じゃないね。
実はかなりニヒルな性格でもあります。なんでもそつがなくこなしてしまえるために、頭の悪い生徒を無意識のうちに見下してしまったり、あいさつ運動のときに心底ダルいと思いながらも建前では笑顔でいたり……、と、表向きは社交的で明るいながらも、その裏に若干冷笑的な側面を秘めているんです。そのためか、「なんか毎日退屈だなあ」と思うこともしばしば。
そんなときに、信楽の作品の魅力に沼ハマするわけです。これまで交流することのなかったふたりが、しだいに仲を深めていくわけですが。
ここからどんどん清水くんがおかしくなっていく。
普段は別段変わったところがないんですが、信楽くんと話すときだけ妙にテンションが高くなったり、大声をあげる頻度が高くなったりするんです。そのさまはさながら推しを前にしたヲタクの如し。
さらに、熱中症になったかと思しき信楽にバケツいっぱいの水をぶちまけたり、そのへんを歩いてた信楽を無理やり自宅に引き込んだり、信楽の自宅にジュラルミンケースを送りつけたり、上級生にいきなり噛みついて敵意をむき出しにしたり……。
人に嫌われることを極端に恐れ、本音を押し殺して退屈していたころの彼からは到底想像できない、ダイナミックな奇行の数々。一応、それぞれの行動にはそれなりの正当な理由があるんですが、にしても、ですよ。
たぶんこのはっちゃっけた性格が彼の本性なんだと思います。
人間関係という鎖に閉じ込められていたその自由な性格が、人間に頓着しない信楽との交流によって解放されていく、という。そういうことなんじゃないですかね!?

つづいて、もうひとりの主人公。信楽大吾(しがらき だいご)くんを紹介します。


清水のクラスメイト。癇癪持ちで落ち着きがなく、些細なことでパニックになり、授業にも集中できません。大きな音や、人に触れられることが大の苦手。問題児と呼ばれ、周囲から孤立しています。
また、「ペットのハムスターの骨を校庭に埋めていて
(それは信楽式不発弾と呼ばれている)、それが発見される頻度の高さからわざとハムスターを手にかけているのではないか」とか、「上級生と喧嘩になったとき、そいつの口をホッチキスで留めた」とか、「兄弟が下に6人いるらしい」とか、「母親が妊娠して仕事をやめたらしい」とか、不穏な噂がまことしやかに囁かれています。
こういう子、公立小だと学年にひとりはいましたよね。で、なにやら勝手な噂が広がってるのもあるあるです。
彼には凄まじい美術の才能があって、図工の授業でとても精巧な作品を作ったり、クラスメイトにそっくりの草人形を作ったりするんです。いわゆるアール・ブリュットというやつ? でも、周囲の人物はそれを気味悪がったりからかったりするだけで正当な評価を与えないんですよね、清水を除いて。信楽の才能に気づいているのは清水だけなんです。
粗雑な性格で口が悪いですが、清水が話してみると意外と悪いコではないんですよ。
彼は団地に母親とふたりで住んでおり、まだ幼いいとこたちの面倒を見ています(6人いるのは兄弟じゃなくていとこたちなんですね)。
彼の母親はサッパリとした性格で、一見ノーテンキなようにも見えますが、彼女なりに息子のことを大切にしているのが諸々の描写から窺えます。
ともあれ、信楽は癇癪持ちの問題児として疎まれてるんですが、幼いいとこたちの面倒を見たり、パニックによって意図せず知り合いを怪我させてしまったときはすごく落ち込んだりと、シッカリした一面もあるんですよ。たぶん、みんなを困らせる癇癪やパニックは、信楽ひとりではどうしようもないんだと思います。
だからこそ、信楽の周囲にいる大人たち……母親や担任の先生などが、信楽のことをしっかり理解して、彼に向き合ってることがしっかり描かれているところがすごい素敵。現実ではなかなかこうしっかり向き合ってくれる大人っていませんからね。
雑な感じでまとめると、「模範的な優等生だが裏では屈託を抱えており、なおかつ実はかなりヘンテコな人物」である清水と、見事に対照的な子なんですよコイツ。
「あるある」を盛り込みつつ、この絶妙なバランスを崩さないまま登場人物たちを生き生きと描き出す手腕、ガチでパねぇっす。

今回は主人公ふたりに絞ってお話ししたわけですが、他にも個性的な人物が数多く登場する本作。クセの強い彼らの親や、子どもたちを真摯に見守るどこかミステリアスな担任の小鹿田先生、信楽の作品を巡って清水の唯一の共感者である九谷さん、信楽家に入りびたる謎の中学生・丹波……だれもが平面的に説明することのできない奥深い造形をしたキャラクターたちです。
ぜひ本編を読んで確かめてみてね。

魅力②    ユーモラスなセリフ回し

これはおそらく城戸さんの天然のセンスだと思うのですが、この作品、とにかくセリフ回しが素敵なんです。

たとえばこれは第1回からの引用。

清水がクラスメイトと何気なく雑談している場面。


クラスメイト1「信楽のかあちゃん にんしんしたのバレてクビになったらしいよ 仕事」

清水「えっ   お  お母さんが働いてたの」

クラスメイト1「出た〜  キヨミズ令嬢の深窓発言」

クラスメイト2「いまどきどこの家も共働きですわよ」


読んでいて思わずフフッてなるこの感じ!

まず、話している噂の内容のしょーもなさや「にんしん」とあえてひらがな表記にしておくことによって年相応の幼さを演出しておきつつ、次いで「キヨミズ令嬢の深窓発言」ですよ。

いまどき「深窓の令嬢」なんて言い回し若い人はしませんよ!?あまつさえ小学生が!!(笑)

この、「緊張と緩和」というんですかね、台詞のひとつひとつにもしっかりと緩急をつけてユーモアを乗せてくるという、この素晴らしさ。

それにつづく、「いまどきどこの家も共働きですわよ」に込められた絶妙なアイロニーね。これを小学生が言っているというところに、子どもたちにもしっかりと格差の意識はあるんだということを描き出している。あと「ですわ」口調ね。最高です。

さりげない会話のなかに、ユーモアとペーソスを滲ませ、なおかつ「清水はブルジョア家庭で育った子供なんだよ」という情報をさらりと入れる。これは職人の技巧ですわよ。


魅力③   ニクい演出と小ネタ

独自の視点から繰り出された演出にも注目です。

第2回、清水が信楽の住む団地に初めて訪れる場面。

その外観を見たとき清水の、(やけに大きなマンションだなあ)という心の声が入るわけです。ここに、ふたりが普段身をおいている環境の違いが垣間見えますね。こういうふとした拍子の演出がいいですよね。

実際に部屋に入ると、信楽は暑いといって居間の扇風機をつけるんですが、ここで清水はギョッとします。

なぜってその扇風機、蓋、というかカバーの部分が外れてて、羽根がむき出しになったまま回ってるんです。

これね。信楽家がやっぱりちょっと変な家庭であるというところを、扇風機の蓋がないことで演出してくるんですよ。部屋が汚いとか異様にボロいとかそういうんじゃなくて、扇風機の蓋がないっていう絶妙な、でも妙に理解できちゃうラインをついてくるそのセンスよ。


そして個人的に気になってるのが、清水の草人形について。

前述のとおり、信楽はクラスメイトを模した草人形をひとりずつ作っていて、とうぜん清水のものも作るんですよ。

彼の作った草人形は制作場所だったどくだみ畑に放置されてて、清水くんは(なぜか)鼻血を垂れ流しにしながらそれを茂みのなかから見つけ出すんですね。

で。

その、肝心の清水の草人形の姿が、読者には見えないようになってるんですよ。清水の手に隠れたり、アングルの関係だったりで、巧妙に見えないようになってる。このブログのトップにある画像の、あれは見開きのタイトルカットなんですけど、あそこでも「手の中にあるものがなにか光り輝いてる」ってことしかわからないんですね。それを持ってる清水が鼻血を出してるので、たぶん手にしてるのは彼の草人形なんですよ。

でも見えない。

ほかのクラスメイトの草人形はきちんと見えるようにコマ割りしてあるのに、清水のものだけは不自然なほど用意周到に「読者から見えない」ようになってる。

これがすごいいいんですよね。

これもひとつの演出なのか、もしくは今後の展開の伏線だったりするのかわかりませんけれど、清水と信楽の交流を象徴する作中でいちばん大事なアイテムの全貌、それをあえて読者に見せないという、ここになんというか、『焦らしの美学』的なものを感じてしまうわけですよ。

さらに見逃せないのが、随所に秘された小ネタの数々。

こういうのって自分で見つける楽しさがいちばん大きいと思うので、あんまり指摘しすぎるのもアレかなと思うんですげど。

登場人物たちが着ているTシャツの柄。登場人物の名前や、彼らが住む街などの固有名詞に隠されたある共通点。信楽が口にするものにまつわる噂の真偽……などなど、気づくと思わずニヤリとする小ネタが全編に渡って散りばめられてるんですよね。

そう、本筋以外のところでもシッカリ楽しめるのですよ。なんて隙のない……!


──とまあ、さんざん長広舌をプロペラの如く振り回してきたわけですが、やっぱり私なんぞの拙い文章ではこの作品の魅力はついぞ説明しきれません。ゆえに、

どうかご一読くださいませ。

「どくだみの花咲くころ」は、現在、講談社刊の漫画雑誌「月刊アフタヌーン」にて連載中。単行本一巻も好評発売中です!

読んで絶対損はしない傑作です。

是非是非に。


さて、ぶじに推しマンガの布教を完遂致しましたがゆえ、私めはここでおさらばさせていただきます。

ではまたね!