検査入院をしたのは病気発覚から半月後の11月中旬でした。
造影MRI
まず、多分普通のMRIなんですかね。
撮影部位である腹部の上に板みたいのを載せて、ヘッドホンをつけて機械の中に入ります。
閉所恐怖症の人でなくても、なんとなく怖い感じでした。
ですので、私はずっと目を瞑っていました。
前の晩に寝てなかったせいかウトウト。
たぶん20分くらいだったと思います。
一度機械から出されて、今度は造影剤用のルートを取られるました。
なんか痛い、いつもより。
でも確認用の生食では痛くない気がしたので、そのまま検査再開で機械に入ったら、造影剤注入と同時に激痛が!
ビリビリと電気が流れる感じの痛み。
少し我慢してみたけど痛すぎるため、すぐにコールしました。
造影剤がやはり漏れていたよう。
でも、漏れていたとしても徐々に吸収されて行くので、よほど腫れたりしない限り経過観察で大丈夫だと思われます。
次は手首刺され失敗。
中で血管探され、これまた痛かったです。
とうとう三度目のトライなので、医師登場。
この先生、刺すの下手だったのか手を血だらけにされ、検査後は内出血ができました。
造影MRIは造影CTよりも造影剤が少ない量なので、身体が火照るなどの症状は出ないようです。
なので、同意書に書いてある副作用に気をつければ、身体の変化は感じることなく検査できると思われます。
2度目の機械の中で、多分15分くらい過ごしました。
MRIはよく音が大きいと言われますが、その通りです。
ブザーの音など、物凄くうるさいです。
結局、トータル50分くらいで検査は終了しました。
造影CTもそうですが、造影剤を使った後は飲水制限無い限りひたすら水を飲みましょう。
尿として早く出してしまえば、それだけ副作用のリスクも身体への負担も減るわけですから。
私が看護師になったのは、昔から看護師になると決めていたからではありませんでした。
勉強が嫌いだった私は、無試験無認可の専門学校に高卒で入って、その一年後就職しました。
美術関係の仕事だったのですが、その職場、今ではパソコン主流ですが、当時はポスターカラーで紙に絵を描いていた時代だったんですよね。
ポスターカラーにはカビがわんさか生えます。
朝一でやる仕事はカビとりでした。
そして、換気をあまりしない職場でした。
そのせいか、初めて二年くらいで気管支を悪くして、咳が長期間止まらなくなることが結構続きました。
これ、体に悪い…。
本当は定年退職ないし、描けば描いた分だけお金になるこの仕事も続けたかったのですが、健康には代えられないので、結局二年半くらいで仕事をやめました。
じゃあ、何の仕事をしよう…と思っても、私は高卒です。
資格もないし、就職も限られてくる、となったとき、一生続けられて、全国どこでも働ける資格は無いかと調べ、医療事務もいいんじゃないか、という風に考えてました。
でもいろいろ調べると、やっぱり一番よさそうなのは看護師。
小学校の卒アルで将来の夢で書いてあるし、じゃあ看護師の資格を取ろう…と思って色々調べました。
学費は自分で三年分貯めてから試験を受けようと思っていたのですが、当たってしまったんです、学費を大半補える額の宝くじ。
看護学校は大学ならかなり高いのですが、私の入りたかったのは専門学校で年40万弱くらいしかかかりません。
もう、これは神様が試験を受けろと言ってる!!
そう思って受験勉強をして、とある大学病院の看護学校に入り、卒業後その大学病院に就職しました。
働いた科は内科、外科。
偶然にも糖尿病は糖尿病内科も入っていたので教育入院を担当したこともありましたし、外科では膵頭十二指腸切除術も勉強したり看護したこともある。
もう、今となっては自分が将来この病気になったときに受け入れられるようにこの人生を歩んできたんじゃないか、と思うくらいに現在につながっています。
私の中にあった膵SPNはかなり進行のゆっくりなタイプだったそうです。
いったいいつから私の中にあって成長していたかは分かりませんが、数年、十数年かけて大きくなっていたのだと思うと、何かに導かれて今ここに生きているんだな…と思わずにはいられません。
でも、だからと言って宗教にのめりこんだりしませんよ。
自分の運命は自分の中にあって、何かに傾倒したり、ほかの人に委ねるものではないと思っていますから。