12/15日の朝はあまりいい寝覚めじゃありませんでした。

とにかく傷の痛みが強くなってきたように感じました。

というのも、背中から入っているアナペインの量が少なくなってきてしまっていたせいか、痛み止めの範囲が小さくなったように感じたんです。

術後しばらくは背中の方~わき腹を触ってもなんとなく鈍い感覚があったのですが、その時はしっかりと触った感覚があったんです。

麻酔を追加してもらわないと絶対に動けない!!

回診の時にお願いして追加してもらいました。

そしてまた中の風船は麻酔でパンパンに膨らみました。

しばらくして痛みも落ち着いてきたので、離床を図ろうと院内のコンビニにいき、水を買うことにしました。

このお水、絶対に手術前に買いだめしておかないとだめです。

毎日家族がこまめに来てくれるならばいいけれど、うちの場合は旦那が夜遅くまで仕事ですし、家のことを見てくれる母は子供二人をみなくてはいけないので病院になんてとても週末以外来られません。

ですので、術前に買ってもらっていた日本のお水は早々にストックがなくなってしまったんです。

首からは点滴、背中からはエピ、お腹からドレーン、胸には心電図モニター、極めつけに尿バック。

点滴棒を頼りにエスカレーターに乗って階下まで買い物に行きましたが、ベッドに帰ったときにはどっと疲れました。

経った二日あまり動かなかっただけで体力がものすごく落ちたようでした。

でも、術後にはイレウス予防のために歩かねば!というなんというか看護師としての責任感のようなものが芽生え、一~二時間ごとに病棟を一周ずつ歩いてました。

だって、外科の看護師だったころ同じように手術後の患者さんに歩いてください!と痛みを我慢させて歩いてもらっていたのに自分が同じようになったら歩かない…なんて申し訳ない。

それにね、腸閉塞って恐ろしいんです。

術後の一週間くらいつらいけど、頑張れば100%ではないにしても予防できる!

でも、頑張れたのはここまででした。

夕方になるにつれ痛みや、痛みのせいで不自然な姿勢を強いられているせいで身体のあちこちが痛くなって、身の置き所がない。

ふつう三日目にもなると傷の痛みが弱くなってきて体は楽になっていくはずだから頑張ろう!と気合で動いてきたのに。

夜がつらい。

全然よくなってる気がしない。

ドレーンの性状も暗血色のままで…実は膵液がお腹の中で漏れていて内臓とかしてるんじゃないか、とか、このままよくならないんじゃないか…とかマイナス思考に陥って。

正直死ねるんだったら今死んでもいい…と心の中で考えてしまうくらい全身が辛かったです。

寝てるのもつらいので、フラフラになりながら病棟を一周して…もう歩くのもつらいから寝るしかない。

PCAをワンプッシュして眠りに入ろうとしましたが、痛くて眠れず。

結局30分後にロピオンをつないでもらって、そこからうとうとできました。

夜七時に夜勤の看護師さんが来ていろいろ聞いてきたけれど、目が眠くて開かない。

でも身体はなぜか意外と楽になっていて、夢の中にいるみたいでした。

血圧を測ってくれていた看護師さんが「あれ、なんで血圧こんなに低いの?」とつぶやいたことでハッとなりました。

このまま寝たらそのまま死んでしまうんではないか…とそんなことを考えましたが、もう眠すぎて、疲れすぎて、楽になりたくてもう一度眠って。

次に起きたのは22時。

看護師さんが来たのでソセゴン+アタPの点滴をつないでもらって、術後初めて数時間まとめて眠ることができました。

眠ったことで、本当に気持ちが楽になりました。

術後半年たった今でも考えます。

あの時、ちょっとあの世に片足突っ込んでいたんじゃないかしら…。

そのくらい不思議な感じの夜でした。

更新がずいぶん遅くなりました。

というのも、三月から仕事復帰しておりまして、パソコンを立ち上げて作業する…という時間がゆっくり取れませんでした。

すいません。

時間が開いてしまいましたが、術後一日目の記録を更新します。

術後一日目の朝はベッドを起こして歯磨きをするところから始まりました。

でも、その後放置プレイ。

20分近く座って待っていたのですが、全然後片付けにも来てくれないので自分で電動ベッド倒して寝てました。

しばらくするとドクター回診で、執刀医の先生がドレーンを見て「大丈夫でしょう」とお墨付きをくれて、飲水開始。

全身麻酔後で消化器の動きが悪いことだし…と、一口含んで終わりにしました。

もと居た病棟には11時に帰ることになっていたのですが、看護師さんが来たのは10:30もだいぶ過ぎたころ。

ベッド起こして、ベッドから足を下ろして座って、立ち上がって。

その後体をささっとふいて大急ぎで着替えたらそのタイミングで病棟の看護師さんが迎えに来てくれました。

HCUはここで終わり。

色々痛み止めを使ってくれてありがとうございました。

再び病棟に戻りました。

窓側の部屋で明るくて気分も晴れやか…にはなりませんでした。

傷の鈍ーい痛みがずっと続いて、ここでも一時間ごとにPCAワンプッシュ。

午後に病棟一周歩いたのですが、少しふらふらしました。

腸は動かず、ガスも出ず…で午後を過ごし、夕方ぐらいからやっとお腹がグルグルと言い出して腸が動き始めました。

消化管が動かないと胃液やら腸液が停滞してしまうのでよろしくない。

さすがに痛みで病棟は歩けなかったので、せめてもの運動。

ベッドに座ったり立ったりを定期的にやっておりました。

ここまではある程度順調な経過をたどっていたのですが、状況が変わったのは夕方くらいから。

昼過ぎくらいまでは淡々血の薄い黄色い排液だったのですが、夕方あたりから暗血食に変化しました。

あ、これやばいかも…。

先生も排液を見て、うーん…とうなっておりました。

結局その日の夜もあまり眠れなかったです。

というのもアタP入りの痛み止めを使ってくれて寝たのはいいけれど、入院していた病院は排液破棄に回るのが夜中の0時でしたので、ガサゴソされてすぐに起きてしまうんです。

そこからは眠れない。

頼みの綱はPCA。

ワンプッシュして一時間眠って…を前夜同様繰り返しました。

HCUではナースコールして痛み止めをプッシュしてもらっていたのですが、病棟では自分で痛いときに押せるのがよかったです。

水は結局トータルで150cc程度。

痛みは傷よりも肋骨の少し下あたりが痛みました。

あとは背中と腰!!

湿布を前日の夜出してもらったのをペタペタ貼って寝ました。

麻酔がかかったあと、私の中には手術が終わりましたよーと声を掛けられた記憶はありません。

実際に声を掛けられていないのか、記憶に残っていないだけなのか。

麻酔から覚めかけの唯一の記憶は、看護師数人の会話する声と、ベッドに乗せられて移動しているだろう感覚でした。

看護師さんの会話は出血量について。

「出血量はいくつ?」

「77mlでした」

「77ml?ラッキーセブンじゃん」

そんな声が聞こえた後また眠ったようです。

次に覚えているのはHCUの病室でした。

空はまだ明るくて、時計を見ると夕方の四時くらいだったと思います。

「家族呼んでいいよ」

と看護師の声が聞こえ、そちらに顔を向けると父と姉と旦那が入ってきました。

胃管を入れているせいでうまく声が出せず、小さな声しか出ませんでした。

姉に手術の結果を尋ねると近づいてきて声を拾ってくれ、教えてくれました。

手術は予定通り膵体尾部切除術で行われ、脾臓を残せたし、輸血もしていないとのことでした。

疲れてるだろうから、と三人ともすぐに退出していきましたが、このとき16:20くらいでした。

手術が終わり部屋に移動したのは15:30頃だったそう。

三人が帰ったら背中が痛くて横を向いて寝たくなりました。

私はいつも仰臥位でなく側臥位派。

ちょうど部屋に来た看護師さんに横向きに寝たいんですけど…と声を掛けました。

術後だから二人がかりくらいで体の向きを変えるの手伝ってもらえると思ってたんです。

一人目の帝王切開の時はサポートしてくれたので、今回上腹部だいぶ切ってるし、全麻後だし…。

でも返ってきたのは。

「あ、自由に動いてもらって大丈夫ですよ」

まさかのセルフ発言。

スパルタです。

身体には管が沢山ついてるのに。

まず鼻から胃管。

口には酸素マスク。

首からCV。トリプルルーメンと言って三本に分かれた首の静脈から心臓のほうに向かって管が入っている点滴用のルートです。

背中からは硬膜下麻酔。500ml管よりやや短いくらいのプラスチックの入れ物の中に麻酔薬が入った風船が入ってるもので、この風船が一定間隔で縮むことによって麻酔が体の中に入っていきます。

手首にはAラインと言って動脈に管を入れて、脈拍や血圧などを測定できます。

そして術前に居れたルートが一本腕に。

股の間からはお小水の管が。

足には肺塞栓予防のための膨らむ機械が。

お腹からは膵切断面に入ってるドレーンとバッグが。

こんなにたくさんの管たちを引っ張らないように注意しながら寝返りを打たなくてはならないんです。

腹部全体の感覚が鈍く、痛みもほとんどなかったのでちょっとずつ体を動かし、柵を利用しながら右へ左へと自分で体位交換しました。

そしてその後、外科の先生が来てくれて手術の説明を簡単にしてくれました。

腫瘍は血管に接していた部分はきれいにペリペリとはがれて血管は切らなくて済み、脾臓も残せましたし、輸血もしなくて済んだということでした。

手術は成功して腫瘍も取り切れました。

そう言ってくれました。

あとは治るだけ。

頑張ろう、と気持ちを新たにしたのですが、でも、この後から長く苦しい時間が始まりました。

まず眠れない。

やることがなく暇。

腰痛もちで仰臥位だと腰など痛くなり、側臥位で寝るしかないのですが、時間がたつごとに腹部の痛みが出てきました。

鋭い痛みでなく、にぶーい痛みです。

PCA1プッシュで硬膜下麻酔を追加してもらうと、なぜかその後10分くらいで眠くなり、一時間くらい眠れました。

夜の10時ごろにアタPという眠くなる薬の入った痛み止めを使ってもらい眠ったけど、一時間くらいしか眠れず。

ソセゴンは私には聞かない様で、ロピオンという白い痛み止めの点滴が一番効きました。

アセトアミノフェン系の痛み止めも点滴してくれたようですが、これも効きが今一つでした。

同じ点滴なら六時間くらい時間を空けなくてはいけないのですが、種類の違う痛み止めなら時間を空けずに使えるので、それを利用して朝まで四回くらい点滴をしてもらったと思います。

そのほかにPCA1プッシュを一時間ごとくらい。

痛み止め…というよりも寝返りをするために念のため、と薬を入れると眠れるので眠りたいと思い、使ってました。

でも、やっぱり痛みやなんやで意識して体に余計な力が入ってしまうんでしょうね。

肩と腰がものすごく凝って痛くて、結局シップを処方してもらって肩や腰に貼ってもらいました。

あとは、胸部不快感。

夜中の一時くらいから、時々胸がかっと熱くなる感じが時々あってそれが気持ち悪かったんです。

心臓なので脈を自分で見てみたんですけど規則的だし、脈拍欠損ではない。

じゃあなんだろ、と思っていたら、夜中の三時ごろに看護師さんが来て脈が時々小さくなると。

それか!!

脈拍欠損は下の子の妊娠中にあったので、24時間ホルター心電図をとってもらったことがあったんです。

だから頻度的にはそんなでもなかったので様子見ようってことになりました。

あとは胃管。

鼻から管を胃まで入れます。

これが痛い。

喉の奥の違和感はとにかく最悪ですが、やや上向きにしてるとそこまで違和感を感じずに済みました。

逆にうつむき加減の下向きは喉に当たるのか痛いし苦しい。

これは人によってどの角度が刺激が少ないか違うと思うので、自分で一番いい角度を見つけるしかありません。

そして恥ずかしいのがT字帯。

俗にいうふんどしです。

腰でひもを結わえてそこに長い布をくるっと引っ掛けるだけ。

寝返りを何度もすれば当然布は抜けます。

だからもう何もないのと同じこと。

そして寝返りを打つと術衣はまくれ上がります。

結果、お尻丸出しになるんですね…。

しかも、時々布団もまくれ上がり超オープンです。

特に女性の方は気をつけましょう。

そんな感じで一時間寝て起きて、寝返りを打ってPCA1プッシュして寝て…を繰り返し、なぜか朝の5時に看護師さんがアタP入りの痛み止めの点滴を使ってくれて、その後8時までぐっすり眠れました。

(ふつうアタP入りの点滴は夜中12時前後くらいまでしか使わないんですけど…)

ともかく、やっと朝が来てくれたことがものすごくものすごく嬉しかったです。

これ以上寝てなくて済む…この一言に尽きます。

そのくらい時間がたつのが遅くてやることがなくて、寝てなくちゃいけない術後の夜はつらかったんです。

帝王切開の術後も何がつらいって夜の退屈さが一番嫌でした。