おもうこころ
「おばあちゃん」小学生の頃、一部の友達にそう呼ばれていた私。おそらく祖母の血統であると思われる「歴史好き」の血のせいか、小学生の頃からやれ「京都のお寺の庭でぼーっとしたい」だの「万葉集がほしい」だの…。今思っても小学生らしくないねえ。と自分でも失笑してしまうくらい。今は自信ないけど、小学生の低学年で百人一首をすべて覚えたおかげで、かるたでは唯一の学年で一番とったり(笑)あの頃に競技かるたの存在を知ってたら、本気でやっていたかもしれない。毎日のように家族につきあわせて、百人一首をやってたものです。それはさておいといて。自分では作れないのだけれど、“和歌” が大好きで、一時期は百人一首にとどまらず、姉に買ってもらった“万葉集”の和歌を覚えたりしたもの。ん? 正確に言えば“和歌”じゃなくて、“和歌”を詠んだひと自身に興味を持って、ついでに歌も覚えたのかも。『天上の虹』という漫画で、額田王がとても好きになり、あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でなという、テストに出もしない歌を覚えて悦に入ったしたものです。とくに、あかねの歌は額田王と元恋人関係だった大海人皇子の歌紫の にほへる妹を 憎くあらば 人妻故に 吾恋ひめやもと対になった、とても粋な恋歌(を装っているだけとの見方もあり)。この歌を詠んだとき、額田王はすでに大海人皇子の兄である天智天皇の妻。「野原を行くあなた そんなに袖を振ったら野守(番人のようなもの)に見られちゃうわよ」「愛しい高貴なきみを憎いとしたら、人妻なのに恋い慕ったりするもんか」まるで昼ドラのどろどろ関係か?!と思わせるような歌ですが、色々な見解がなされていて面白い。宴の余興説がいまのところ有力らしいけれど、そのなかに秘められた心は当人たちにしかわからないのが、もどかしいやらドキドキするやら。それを想像してみるのも醍醐味。ほんとにね。こういう歌を見て、昔も現代も、誰かを想ったり憎んだりする気持ちって変わらないんだなーと実感する。叶わない恋に嘆いたり悲しんだり、浮気相手を憎んだり、ストーカーのごとく暴走したり(?)。こういう歌が残るのは高貴なひとや、名の通ったひとが多いので、必然とままならぬ恋の歌になってしまうひともいるだろうし。ちなみに、私が一番好きな歌は、我が心 焼くも我なり はしきやし 君に恋ふるも 我が心から作者不詳の相聞歌。「嫉妬するのも私のこころ。きみが恋しくてたまらないと思っちゃうのも私のこころなのよ」なんて、おとめ心全開!本当に「わかるわかる!」って共感できる歌がいっぱい。恋のエッセイを読んでる感じかな??意外と男性が女心を詠んでるのもあって、「こいつやるな!」「絶対モテただろうなあ、こいつめ!」とか思ったり。和歌、なんて言うと難しく聞こえるけど、今は色んな訳本も出てるので自分に合ったものを見つけてたしなんでみるのもよろしいかと思われます☆ちなみに私は、『いにしえからのラブレター』いにしえからのラブレター (ブルーム・ブックス)/ソニーマガジンズ¥1,365Amazon.co.jp『うた恋い。』超訳百人一首 うた恋い。/メディアファクトリー¥998Amazon.co.jpなんかが入門編でいいんではないかと。小学生向けの百人一首まんが本なんかも、意外と面白くてオススメっ。