正直、箱庭の見立てには自信があった。
しかし、家族から評価されないことに、少なからずジレンマを感じていたことは否めない。
いくら自信があっても、肝心の娘から箱庭の価値を認められなければ、やっていても、何とも府害がない。
それがだ。
今日は、流石の私も気が入り、娘の箱庭に、見入ってしまった。
娘が、私の気を引くために、次々と、私の問いに箱庭で答えていったのだ。
それは、素晴らしい自己内省ストーリーだった。
途中から、私は母親からカウンセラーに変わり、娘の箱庭を通してカウンセリングを始めていた。
そして、夢中になって動画を撮りながら、やがて娘の箱庭は、愛を見つけて終焉を迎えた。
1時間の箱庭作成と、同時間の振り返りを終えて、私はまるで名画を観た後のような、静かな感動を覚えた。
この刺激的な体験は、私の箱庭の学びを一層深め、今夜はあなたに、この感動を伝えたくて仕方がなくなってしまった。
自分は箱庭で開眼したけれど、それを他者に教えるのは難しいと考えていたが、今は、教えることも視野に入れることにした。
箱庭カウンセリングを教えることができる。
新しい境地に、乾杯🍸️✨🍸️