
最近、アニメ「新・巨人の星」を観ている。前作「巨人の星」のラストから5年。完全試合を達成した星飛雄馬は、左腕を酷使した結果、野球界から姿を消していた。その星が、最下位へ転落した長嶋巨人軍に復帰する物語である。
1976年に巨人は前年の最下位からリーグ優勝した。その頃に小学生の自分は、マンガの「新・巨人の星」を見ていた。当時の巨人にはニックネームが付いた選手が多かったのを思い出した。
今回は、その頃の巨人を始めとするプロ野球選手のニックネームを紹介する。巨人の長嶋茂雄監督は「ミスター」「燃える男」。王貞治選手は「フラミンゴ打法」「ワンちゃん」「世界の王」。
投手では、ふてぶてしい態度の堀内恒夫投手は「悪太郎」「甲府の小天狗」。汗かきの新浦壽夫投手の「カッパ」は、堀内投手が命名した。無表情の加藤初投手は「鉄仮面」。
野手では、サードに転向する前の高田繁選手は、レフトでのクッションボールの処理の上手さから「塀際の魔術師」。打撃ではファウルが多いので「高田ファウル」と呼ばれた。
着用したバッティンググローブの色から柴田勲選手は「赤い手袋」。その後、青い手袋を着用した松本匡史選手は「青い稲妻」。張本勲選手は「世界の王」に対して「アジアの張本」。それと、もちろん「安打製造機」。
打球の速さから淡口憲治選手は「コンコルド」。タレントの毒蝮三太夫に似ていた柳田真宏選手は「マムシ」。河埜和正選手は「カメ」。次は他球団の選手のニックネームも紹介する。
巨人のライバル阪神の田淵幸一捕手は「ミスタータイガース」。掛布雅之選手は「若虎」。吉田義男監督は「よっさん」。現役時代は「今牛若丸」。その後、野球フランス代表の監督になり「ムッシュ」と呼ばれる。
広島の衣笠祥雄選手は背番号28だったので「鉄人」。その後、2130試合連続出場の世界記録(当時)に並び、本当の鉄人になる。大洋のエース平松政次投手は決め球の「カミソリシュート」。
外国人選手のシピン選手(大洋)はヒゲと長髪の風貌から「ライオン丸」。怒ると顔が赤くなるマニエル選手(ヤクルト)は「赤鬼」。MLB通算397盗塁のデービス選手(中日)は「黒豹」。
ヤクルトの小柄なサウスポー安田猛投手は「ペンギン」。南海の兼任監督の野村克也捕手は「ムース(ヘラジカ)」。日米野球で来日したウィリー・メイズ選手が名付けた。
ヤクルトの船田和英選手(画像上)の「ライフルマン」は、アメリカのドラマ「ライフルマン」の主人公に顔が似ているのが理由だ。主人公役のチャック・コナーズ(画像下)も元MLB選手だ。
ドラマは観た事がないが、このニックネームはずっと覚えている。船田選手は1962年に巨人に入団。66年に西鉄、72年にヤクルト移籍。実働19年で1281安打・打率.251・105本塁打・446打点。
チャック・コナーズ選手は1949年にドジャースでデビューするも1打席だけの出場。51年にカブスで66試合出場し、48安打・2本塁打・18打点。プロバスケットチームでも出場経験がある。
プロスポーツでの成功が難しいと判断したコナーズは俳優を目指し、1952年にはキャサリン・ヘプバーン主演の映画に出演。58年にドラマ「ライフルマン」で主役の銃の達人を演じた。
