
1969年、メジャーリーグは100周年を記念する年に球団拡張を行った。ア・リーグにカンザスシティ・ロイヤルズ、シアトル・パイロッツが誕生。このパイロッツは、現在のマリナーズとは関係がない。
今回はシアトルを本拠地にしたパイロッツとマリナーズの歴史を紹介する。シアトル・パイロッツは1年だけで財政的に行き詰まり、買収され1970年からミルウォーキー・ブルワーズになる。
ブルワーズは1972年からア・リーグ西地区から東地区に移動。82年に初の地区優勝をする。ア・リーグ優勝もするが、ワールドシリーズはカージナルスに3勝4敗で敗れた。
1974年にロビン・ヨーント遊撃手がデビュー。82年に打率.331・29本塁打・114打点でMVPを受賞し、リーグ優勝に貢献。89年に外野手として2度目のMVP。異なるポジションでの受賞は史上3人目の快挙。
球団史上最高のフランチャイズプレーヤーとして、実働20年で通算3142安打・打率.285・251本塁打・1406打点・271盗塁。1999年に野球殿堂入り。背番号19は永久欠番。
1994年にア・リーグ中地区に移動。98年にナ・リーグ中地区に移動する。20世紀のリーグ優勝は82年の1度だけ。21世紀に地区優勝6回・ワイルドカード3回もリーグ優勝はない。
シアトル市は1969年の1年だけでパイロッツを移転させたMLBを告訴し続けた。76年にMLB機構はシアトルに新たな球団を設置する条件を提示し、告訴は取り下げられた。
1977年のア・リーグに、トロント・ブルージェイズと共にシアトルに新球団が誕生。チーム名を一般公募し「マリナーズ(水兵)」に決定。本拠地はア・リーグ初のドーム球場「キングドーム」。
1年目は64勝98敗で7チーム中6位だが、観客動員は130万人を超えた。1991年には15年目のシーズンにして初の勝ち越し(83勝79敗)を達成。観客動員も214万人を記録する。
1992年に球団は任天堂に売却され、93年にルー・ピネラ新監督を迎える。ランディ・ジョンソン投手やケン・グリフィーJr.外野手の活躍もあり、82勝80敗で勝ち越し。
1987年にエドガー・マルティネス三塁手(画像)がデビュー。90年は開幕から活躍しレギュラー。92年に打率.343でマリナーズ球団初の首位打者を獲得。95年から本格的な指名打者として出場。
フランチャイズプレーヤーとして実働18年で、通算2247安打・打率.312・309本塁打・1261打点。首位打者2回・打点王1回。2019年に野球殿堂入り。背番号11は永久欠番。
1994年7月にキングドーム天井崩落事故が起きた。新球場建設資金の債権発行にはマリナーズの躍進が必要。翌95年はマルティネス選手の活躍で、球団史上初のア・リーグ西地区優勝を決めた。
リーグ優勝決定戦はインディアンスに敗れるも、州議会は新球場建設の資金提供法案を可決。開閉式屋根付き天然芝球場の「セーフコ・フィールド(1999年開業)」建設を決定した。
2001年にイチロー選手の新人王・MVPの活躍で、MLB最多タイ記録のシーズン116勝で地区優勝。昨年は24年ぶりの地区優勝。しかし、リーグ優勝もワールドシリーズ優勝もまだない。
1969年の球団拡張で、ナ・リーグもサンディエゴ・パドレスとモントリオール・エクスポズ(現ワシントン・ナショナルズ)が誕生。93年・98年にも2球団ずつ増設され、現在の30球団になる。
今後、2029年までにMLBは2球団を増設予定で、2リーグ32球団を時差の少ない4チームごとに8地区に分ける。シアトルの近くのオレゴン州ポートランドも新設の有力候補だ。