罪悪感による自己否定は、ベースになる幼少時に生まれるものではないかというお話を昨日はさせてもらいました。今日は二回目です

罪悪感が生まれるのは瞬間ですよね。ついつい言ってしまった言葉ややってしまった行動など、それによって人がひどく傷ついてしまったわけです。
しかし幼少時に叱られることで、あんたがこうしたから悪い!と怒られ続けると、自分のせいでこんなことがおきてしまったとすぐに思う癖がついてしまいます。
自分のせい…自分が悪い…
そういう思考体型では…
でもこれは、あの人のせい…あいつのせい…とついつい人が悪いからこれは起こったのだ
と、つねに犯人探しをしてしまいやすくなります。度をすぎると、あいつさえいなかったら…とさえ思うかもしれません。
罪悪感と怒りの感情。これらは関連性があるかもしれません。
もしご自分がそういう風な所があるかなぁと思われる方は、ご自分の感情と思考の間に罪悪感フィルターがあると考えてみてはいかがでしょうか?
罪悪感フィルターって…何?
それは明日にお話させていただきますね!
iPhoneからの投稿


罪悪感が生まれるのは瞬間ですよね。ついつい言ってしまった言葉ややってしまった行動など、それによって人がひどく傷ついてしまったわけです。
しかし幼少時に叱られることで、あんたがこうしたから悪い!と怒られ続けると、自分のせいでこんなことがおきてしまったとすぐに思う癖がついてしまいます。
自分のせい…自分が悪い…

そういう思考体型では…
でもこれは、あの人のせい…あいつのせい…とついつい人が悪いからこれは起こったのだ

と、つねに犯人探しをしてしまいやすくなります。度をすぎると、あいつさえいなかったら…とさえ思うかもしれません。
罪悪感と怒りの感情。これらは関連性があるかもしれません。
もしご自分がそういう風な所があるかなぁと思われる方は、ご自分の感情と思考の間に罪悪感フィルターがあると考えてみてはいかがでしょうか?
罪悪感フィルターって…何?
それは明日にお話させていただきますね!
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