25・額田王の歌の紹介
25・額田王の歌の紹介額田王歌7 秋の野の 美草刈り葺きやどれりし兎道のみやこのかりほしおもほゆ 額田王歌8 熟田津に船乗りせむと月待たば潮もかなひぬ今はこぎいでな 紀温泉に幸す時に額田王の作る歌9 莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣 吾が背子がい立たせりけむいつ橿が本 天皇、内大臣藤原朝臣に詔(みことのり)して、春山の万花の艶(にほい)と秋山の千葉の彩(いろ)とを競ひ憐れびしめたまふ時に、額田王が歌をもちて判(ことわ)る歌16 冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし 花も咲けれど 山を茂(し)み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ぶ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山我れは 冬こもりしていたものは春が来ると、これまで鳴かなかった鳥も鳴きはじめ、咲かずにいた花も咲いて来る。けれど、山は茂っているので分け入ることもなく、草が深いので草木を取ることもしない。秋山の樹の葉を見ては、紅葉した葉を手にとってはいろいろと思う。青い葉はそのまま置いて嘆く。そこだけが恨めしいけれど、わたしが選ぶのは秋山です。額田王、近江の国に下る時に作る歌、井戸王、すなわち和ふる歌17 味(うま)酒(さけ) 三輪の山 青丹吉 奈良の山の 山のまに いかくるまで 道の 隈(くま) い積るまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見さけむやまを 情(こころ)なく雲の 隠そふべしや反歌18 三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠そうべしや*井戸王(意のへの王)の歌は省略神の山の三輪山、その三輪山が青丹よし奈良山の山の間に隠れてしまうまで、道の曲りが重なってしまうまでも、見ながら行きたいのに。何度でも見ておきたい山なのに。私の気持ちの分からない雲が隠してしまう。心無い雲が隠してもいいのだろうか。(17)神山の三輪山を、よりによって何で隠すのか。雲にだって心があろうに。三輪山を隠したりしていいものだろうか。(18)この二首を山上憶良は類聚歌林に「都を近江の国に移す時に三輪山を御覧になっての御歌」としています。つまり、天皇の歌だというのです。 天皇、蒲生野に遊猟したまふ時に、額田王が造る歌20 あかねさす紫野行き標野ゆき野守は見ずや君が袖振る額田王、和(こた)へ奉る歌一首(倭京より進(たてまつ)り入る)112 いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我がもえるごと吉野より蘿(こけ)生す松が枝を折り取りて遣(おく)る時に、額田王が奉り入るる歌一首113 み吉野の玉松が枝ははしきかも君が御言を持ちて通はく天皇の大殯(おほあらき)の時の歌二首151 かからむとかねて知りせば大御船泊(は)てし泊(と)まりに標結はましを山科の御陵より退り散くる時に、 額田王が作る歌一首155 やすみしし 我ご大王の かしこきや 御陵仕ふる 山科の 鏡の山に 夜はも 夜のことごと 昼はも 日のことごと 哭のみを 泣きつつありてや 百磯城の 大宮人は ゆき別れなむ額田王、近江天皇を思いて作る歌一首488 君待つと吾が恋おれば我がやどの簾動かし秋の風吹く*巻八・1606は、488と同じ題詞で同じ歌こうしてみると、いかにも政治的な女性に見えますね。