40年前の今日。
1976年7月27日、田中角栄がロッキード事件の容疑者として逮捕されました。
当時の私はまだ0歳の赤ん坊でした。

角栄のロッキード疑獄は発生から現在まで、
捜査や裁判の司法過程の是非や陰謀論に至る百家争鳴の議論を呼んだことでも有名です。

例えば、はじめにアメリカ陰謀説を唱えたのは田原総一朗氏でした。
他に東京大学の小室直樹氏による角栄擁護なども知られています。

ここでは事件の詳細については踏み込まず、
田中角栄らしいエピソードを1つ紹介したいと思います。

 

疑惑の発端となったロッキード社は、アメリカの企業です。

米国企業の関わった事件に対応するためには、米国内で活動する弁護士の協力が不可欠であると、

当事田中派の5回生だった石井一衆議院議員が、有力な弁護士を紹介したときのことです。

その男の名前は、リチャード・ベンベニステ。

かつてニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件の主任検事を務めた大物で、

「この事件には絶対、陰謀が絡まっている。底が深すぎるし、奇々怪々だ」と語り、彼は角栄の弁護を引き受けたのでした。

しかし、角栄は結局、ベンベニステの協力申し出を断ったのです。

一体どうしてでしょうか。

ベンベニステを紹介した石井一元国家公安委員長は、
「角栄は、自らの無罪を信じていた。そして米国に仕掛けられた罠から逃れるのに米国人の手を借りたくないという、日本人としての意地とプライドがあったのではないか」と回想しています。
 
私はこのエピソードを知ったとき、実に田中角栄らしい行動であると感嘆しました。

また、グローバル化の時代の法務のあり方を検討していく上でも、考えさせられるものがあると思います。

 


空前の田中角栄ブームと言われて久しい日本。
ロッキード事件とは何だったのかについても、国民的な議論が始まることを願っています。

 

すぎむら慎治

 

★町工場を経営する職人の父の背中を見て育つ
★明治大学 政治経済学部 政治学科 卒業

★日本テレビの情報バラエティを制作
「国民クイズ 常識の時間」(司会:古舘伊知郎・爆笑問題)等を担当
★日本初のネットTV局「USEN-GyaO」の企画立案と番組制作をプロデュース
★政治の道を志し、石井議員の事務所を叩く
クツ磨きとカバン持ちの書生生活を経て、私設秘書として仕える

★私設秘書、公設第二秘書、公設第秘書として、多方面にわたり政治の事務方を担当する