アートは教えられるか?
この問いに、誰が、スマートに答えられるだろう。
電話の向こうで、震えた声で、「美術を教えて欲しい」と切実に問う地方の画学生に、
僕は、戸惑う他無かった。
何か言える事は無いか、
定まったルールはないか、
今の僕の立場で言える事はまるっきり一つもなくて謝るしか無かった。
僕が、相手の立場だったら、どんなに悲しいだろう。
モノを作る楽しさを教えてくれた、小学生の時のせんせい
美術の暖かみを教えてくれた高校のせんせい
研ぎすまされた集中力と技術、客観性を学んだ予備校のせんせい
表現に対する真摯さを学んだ、大学のせんせい
「ちゃんと教えられる事あるやん、」と、頭の中をぐるぐるとルーツが駆け巡ってもいた。
何も言わなかった後悔と、いや言わないでコレで良いんだと思える部分と交差していた。
受話器を切った後の、システム的な音がまだ耳に残っている時、
フラフラになりながら、アパートの階段を下りると、ポストに大きめの封筒が
はみ出ている。
「杉田陽平先生へ」
と書かれた、銀座三越さんからの口座開設の為の手続きの封筒であった。
自分が何を捨てて、どう生きたいか、いよいよ決めざる終えない時が来たんだ。
震えたボールペンの先が、僕に、美術とは何か、何かを伝える事は、何かを失うかもしれない「儚さ」と「強さ」を身体に伝えていた。
たった一人の夜の帳に足を踏み出したんだ。