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大峯千日回峰行という修業がある。

片道二十四キロ、高低差千三百メートル以上の

山道を十六時間かけて一日で往復。

九年の歳月をかけて四万八千キロを歩く

想像を絶する行である。

本文中

「そういう苦行を経験したから、悟れるのではない。

大事なのは、行から得たものを生活の中でよく実践することである。

逆に言えば、それぞれに与えられた場でそれぞれに与えられた役目を

果たしていく中でも、多くのことを感じ、悟ることができる。

だから、私たちの人生はすべて修行なのである。」

千日回峰行とは比べものにはならないが、

自分にとって日々のランニングは行としての役割が大きい。

何のために走っているのか?と聞かれることがあるが、

走ることが楽しいからとは答えにくい。

もちろん、走り終え、すがすがしい気持ちになり、

走るのって楽しいと思える時もあるが、

逆に顔を歪めるほど苦しい時もある。



しかし、誰かに言われてやっているのではなく、

全て、自分の意思で行っている。

今まで、自分にも納得のいくような説明がなされないまま、

走ってきたのだけれど、この本を読み終え、

なんだかわかった気がした。



本文中

あえて苦しみの中で身を置くことで、見えてくるものがある。

何不自由ない生活では感謝や反省の心が出てこない。

走り続けていると、自分の小ささに思い知らされる。

力のない自分、弱い自分を思い知ることができる。

自然の大きさを知る。自分は生きているのではなく

生かされているのだと感じる。

自分の未熟さを思い知り反省し、

それでも命ある現在に感謝をする。

無意識にではあるが、

走っているとそんなことを感じることができる。



著者であり千日回峰行者の塩沼さんは言う、

「さまざまな行の中で感じた


[人間が生きていくうえで一番大事なもの]とは、

[足ることを知ること][人を思いやること]の二つです。」

誰でもできるようで、

なかなかできない命題が我々の生活の中にあるのだろう。