「羆嵐(くまあらし)」の現場 | 直球オヤジの自由奔走生活

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座右の銘は「"行きたい"、"やりたい"、"欲しい"と思った時が"その時"」。55歳で早期退職し、高齢者と呼ばれるまでの今が"その時"。趣味のバイクや自転車は年齢的に待ったなし。エコノミーな生活で趣味を楽しむ。これをどう追い求めるかが、このブログのメインテーマです。

長々と鹿との戦いについて書いて来たが、北海道におけるもう一つの強大な野生動物、(ひぐま)も怖い。今回のツーリングでは、その熊による日本最大の事故が起きた現場を訪ねた。これは恐ろしや。

日本海沿岸、留萌の少し北に
苫前町という小さな町がある。海岸近くの丘には風力発電の風車が連なるが、観光要素に乏しい地味な町。そんな町に唯一と言っていいかもしれない名所、いや名所と言ったら不適切かもしれない現場が山奥にある。昔からそこは知っていたが、主要道から逸れ、そこから約25kmほど走った行き止まりの道の終点にあることから足が向かなかった。しかし、昨今メディアを騒がす熊において、その怖さを知る意味でこの場所は避けてはいけない。雨の中、そこへ向かった。そこは「三毛別羆事件復元地」という。

時は1915年。ここで
10人の死傷者(内7人死亡)を出す、獣害によるものとしては国内最大の事故が起きた。この話は作家吉村昭が「羆嵐」という小説で世に知らしめた。私もその本を読んだことがあるが、それはそれは凄惨極まりない事故だった。その現場に行ってみよう。いったいどんな場所で起きたのか。

高速ワインディングコースの国道239号から逸れ、そこから山間の道道1049号を進む。行き止まりの道だし、惨劇の現場が終点のこの道路、さぞかしおどろおどろしい雰囲気かと予想していたが、片側1車線の普通の舗装路。周囲には時折農地もあり、決して深山幽谷、人っ子一人いない無人地帯ではない。因みに「三毛別羆事件復元地」に向かうこの道、この町では「
とままえベア・ロード」と名付けているが、あまり喜べない名称だ。そんな片道25kmの道だが、交通量は殆ど無く道路整備状況も良好なので、国道から逸れてからさほど時間は要しない。目的地直前の数百メートルだけ森の中の未舗装路になるが、荒れてはいないので乗用車でもロードバイクでも問題無し。ほどなくして森閑とした現地に到着。

 

「ベア・ロード」とは、素直に喜べないネーミング

 

最初の印象は、「なんだ、こりゃ!?」。家屋に取りつく羆の大きいこと。家の大きさとアンバランスなのだ。「誇張し過ぎ!怪獣じゃあないんだから」と感じたが、説明文によれば、羆の大きさ(身の丈2.7m、体重340kg)は記録に基づくものであり、家も当時の家を復元したとのこと。そして、恐怖なのは羆の大きさだけではない。この惨劇において羆はこの家の中にいる人々を襲い、多くの人々が犠牲者になったという点。

 


羆が大きく、家(小屋)が小さいので、最初は誇張していると思った

 

初見でアンバランスな感じを受けたのは、当時、開拓民が住んでいた家の造りのせい。それは家とは呼べない掘っ立て小屋であり、余りにも粗末で小さい。こんな安普請以前の小屋に、巨大な羆が襲い掛かったらひとたまりもないだろうし、羆に襲われる以前に凍死しないか。ここは厳寒の地、北海道であり、その北海道の中でも寒い地方。そういう目でここまでの道程も含めて振り返ると、広大な土地が広がる北海道なのに、町の中心から約30kmも離れたこんな狭い山奥に粗末で小さな小屋を建て、寒さと戦いながら開墾開拓し、そして遂には羆に襲われる。そんな当時の開拓民の艱難辛苦を想像せずにはいられない。

 


家屋というより小屋か納屋

羆に襲われなくても、凍死してしまいそう

羆の爪痕

再現なのか、実物なのか不明

 

鹿は過去百回以上は目撃しているし、そのあげくの果てに、この翌日には事故に遭ってしまった。対して羆は一回しか目撃していない。メディアでは熊出没を声高に報道するが、現実には鹿の方がずっと大きな被害をもたらしているはず。だから私も今回のツーリングでは鹿に用心していたが、この現場に来ると、どんなに頻度は低くても、万一羆に遭遇したら「ひぇ~、ど、どうしよう!」と恐怖におののき、結果、真正面から襲われたら命にも関わることが想像できる。多くの場合、熊の方が人を避け逃げて行くと言われているが、そうでない事例もあり死傷事故も起きている(去年は、本州のツキノワグマの事例が大多数)。実際の死亡者数は、蜂に刺されて亡くなる方の方が熊に襲われて亡くなる方よりずっと多いが、熊による危害は身体、それも頭部への打撃が強烈で、「命に別状はない」と言っても、その後の再生治療では多くの困難が待ち受けているという。

 

苫前町は羆で町おこし?

しかし、「交通安全」のタスキは、羆ではなくエゾシカに掛けるべきだろう

 

内地のチマチマとした林道ではなく、北海道の豪快な林道を堪能したい。過去、半世紀に渡ってそんな道を走ってきたのに、この現場を見ると萎えてしまう。鹿といい、羆といい、北海道は野生の王国だ。北海道らしさを旅に求めれば求めるほど野生の王国に踏み入れることになる。旅にはリスクは付きものだし、リスクはゼロには絶対できない。ましてや車と違ってバイクは体を暴露させているから、何かあれば無傷で済まない恐れは高い。自分が欲するツーリングとリスクとの折り合い、バランスをどう考えるか。そんな難しい判断を突き付けられた悲劇の現場訪問だった。