直球オヤジの自由奔走生活

直球オヤジの自由奔走生活

座右の銘は「"行きたい"、"やりたい"、"欲しい"と思った時が"その時"」。55歳で早期退職し、高齢者と呼ばれるまでの今が"その時"。趣味のバイクや自転車は年齢的に待ったなし。エコノミーな生活で趣味を楽しむ。これをどう追い求めるかが、このブログのメインテーマです。

バイクツーリング到来の時期になったが、私が一番懸念するのは、他車との事故や転倒・転落のような単独事故よりは野生動物との遭遇。特に出没頻度も高く、その挙動が読み難いシカが最大の敵になる。そんな折、バイクがシカと衝突し、ライダーが亡くなったという事故をネットのニュースで知った。

一昨年の6月、私は北海道ツーリングで
シカと接触して大転倒し、大ケガを負った。突然どこからともなくバイクの目の前に飛び出して来たシカ。北海道ツーリングは通算20回ほどで、それまでにも何度かシカにはヒヤリとさせられた経験があり、奴らには十分警戒していたのにも関わらず、シカとの接触事故で酷い目に遭ってしまった。巷ではクマのことばかり話題になるが、先日のニュースでこの事故のことを知ると「やはりシカ野郎による事故はあるんだな」と思いつつ、我が身に起きた過去の記憶が再び蘇る。

先日入電したバイク事故の内容はこうだ。(FNNプライムオンラインより抜粋、編集)
「群馬県渋川市で29日未明男性が国道で倒れているのが見つかり、その後
死亡が確認されました。警察はひき逃げ事件として捜査しています。
29日午前1時半ごろ、群馬県渋川市川島の国道で「バイクと人が倒れていて、轢いた車が逃走した」との通報がありました。現場は片側1車線の直線道路で(転倒した)
バイクの近くには2頭のシカが倒れていました。警察はシカと衝突したあとに後続車にはねられた可能性もあるとみて目撃情報をもとにひき逃げ事件として調べています」(※その後、ひき逃げの容疑者は逮捕された)

 


死亡したのは衝突後なのか、轢かれたからなのかは不明だが、いずれにしてもシカが原因
 

これだけの情報しかないが、ここから何が言えるだろう。私の長年の経験を絡めて述べてみる。

・地図でこの地名を探すと現場は国道353号線のバイパスのようで、位置的には
市街地からさほど遠くなく、深山幽谷の深い山の中ではない。こんな場所でもシカが出る。それも自動車専用道に。シカが非常に多い北海道では市街地をシカが闊歩している光景を見たこともあるが、北海道以外では深い山間部でないとなかなか目撃しない(奈良公園のシカは別)。去年から頻繁に報道されるクマの出没も、山間部と市街地の境界のエリアにも出没するようになってきたと言われているが、シカも同様な傾向にあるのだろうか。

・私の事故はシカと”
接触”し転倒したが、私が転倒から起き上がった時にはシカの姿は無かった。シカの傷は大したことではなかったのだろう(私は数箇所骨折し重傷)。報道された事故では、”シカが現場に倒れていた”ということから、バイクはシカとモロに衝突したのだろう。衝突となると、現場は自動車専用道だからそれなりのスピードが出ていたはずで、ライダーは大きく飛ばされてしまったであろう。また、北海道での私の事故でバイクを運んでもらったレッカー業者の話によると、四輪車でもシカとまともに衝突すると走行不能になるほどのダメージを負うことが多いと言っていた。動物との接触や衝突を甘く見てはいけない。

 


2024年6月、私の事故直後(転倒したバイクは、通り掛かった方の協力を得て起こした)

気がついた時にはシカの姿は無かった

草が散らばっている地点から、森の中に戻ったと思われる
 

・ニュースでは”2頭のシカ”と書かれていたが、シカはハーレムを形成し群れで行動することが多い。私が過去に何十回と目撃しているが、単独のシカの場合もあるが、複数頭、それも10頭前後の群れを成していることもあった。一頭をかわしてホッとしたら、そのシカを追うかのように次々飛び出してきたこともある。

・事故の時間は深夜1時頃。シカは夜行性ではないが、
夜間や明け方活発に行動するそうだ。シカの目は暗闇でピカーッと光ってよく目立つが、それでも夜は道路の傍らに立つシカの発見はし難く、視認は遅れがちだろう。前出の北海道のレッカー業者も、道内で起こるシカとの事故(道庁のデーターによると年間約5000件!)は夜間の方が圧倒的に多いと言っていた。

バイクに乗る友人や息子にも「気を付けて」と言って送り出すことがあるが、
いったいどう気を付ければいいのか。残念ながら有効な策は乏しいというか、ほぼ無い。無いと言いながらも、私のブログではライダーにおける野生動物対策を何度も書いており、重複する部分もあるし、大した効果も望めそうもないが、全くの無策では余りにも危険な状況になって来た。この事故の件も含めて野生動物、特にシカにどう備えたら良いか書いてみる。

1.遭遇確率を下げる
 シカやクマが活発に活動する
夜間や明け方近くは発見も遅れがちになるので、その時間帯はできる限り走らない方が賢明。しかし、そうしたとしても自然豊かな土地を走ることが多いツーリングにおいて、野生動物に全く遭遇しないようにしたくてもほぼ無理。但し、例えば「クマだけは勘弁して」ということなら、絶滅してクマがいない九州や、極僅かしか生息していないと言われている四国を選べば大丈夫。しかし、シカはほぼ全国どこでも目撃する。サルも頻繁に遭遇するが北海道を除いて全国区。北関東ではシカよりイノシシの方が深刻だと言う。故に、野生動物に遭遇するか否かは運次第ということ。

2.早めに見つける
 野生動物が道路上にいればすぐに認識できるが、カーブを抜けた先の道路上にシカが立っていたこともあり大いに慌てた。コーナーリングの途中で進路を急変させるにも限度があるし、急ブレーキを掛ければ転倒の可能性が高まる。それでも道路上にいるだけマシで、多くの場合、草木の生える道路脇の路肩付近にいることが多い。野生動物が動いていれば発見し易いが、多くの場合、草を食んでいたりして
静止しており、しかも体の色はほぼ保護色なので、至近距離にならないとなかなか見つけられない。見つけ難い点では警察のネズミ捕りと同様だ。

また、バイクの場合、そこそこスピードを出して走るので、スピードが増せば増すほど
視野角は狭まり、道路の脇の方まで十分に認識できない状態になる。スピードを極端に落とし、路肩を含めてキョロキョロ見ながら走れば野生動物を捕捉できる可能性は高まるが、交通量が少ない爽快な道をノロノロ走るのは現実的ではないし、対向車を見逃したりしたらそれこそ大変だ。よって、早期に野生動物を見つけるといっても限度がある

 


私の事故現場は山の中(携帯電話圏外!)の見通しの良い道路

シカはどこにいたのか、接触するまで全く見えていなかった
 

3.遭遇した時、どう対処するか予め考えておく
 遭遇するかしないかは運次第。早めに見つけ難を逃れたくてもかなり見つけ難い。いったいどうすりゃいいのさ。唯一できるのは、バイク
走行中に遭遇した時、どう対処するかを予め想定しておくことだ。クマに遭遇したら、決して脱兎のごとく逃げてはいけないと言われている。クマは逃げる獲物を追うかららしい。そういうことを知っているか否かで、生死を分かつことがある。ではバイク走行中にシカに遭遇したらどうするか。

遭遇するパターンにもよる。私が一昨年事故った時、シカは私の死角から目の前に飛び出してきて、全く避けようがなかった。こういうパターンはほぼ防ぎようがないが、
数十メートル前方に突然シカが飛び出して来たり、路肩や道路上に立っていたら対応は可能。まずは減速する。できれば徐行程度、場合によっては停車する。そうしてホーンを鳴らして蹴散らす。複数頭の場合、ホーンをちょっと鳴らした程度では動じないことがある。JR北海道の花咲線に乗った時、線路上にたむろしていたシカの集団は列車が警笛を何度鳴らしても動かなかった。私が道路上の群れに遭遇した時もそうだった。しばらく眺めていたらようやく移動し始めたが、ホーンを鳴らせば逃げるだろうと思って、そのままバイクの進行を止めずに進むのは危険だ。奴らの挙動は不信極まりなく厄介だ。動き出したと思ったら急に止まったり、方向を変えたりする。だからホーンを鳴らして動きだしたと思ったら目の前で急に止まったり、または他のシカが草むらから追随して飛び出してくることもあるので、蹴散らした直後はシカの姿が完全に見えなくなるまで気を抜かず、その間はスピードを落として走行する。

では前述の数十メートル先ではなく、
数メートル先の前方、バイクの目の前すぐ近くに、走行ラインと被さる位置に飛び出してきたらどうするか。これは難しい。私の過去の例では間一髪、寸でのところでヒラリとかわせたこともあったが、腕が良かったというよりは運が良かっただけ。急ブレーキを掛けるか、ヒラリとかわすか、その時のスピードや道路状況、走行姿勢にもよるし、そんな事態においては頭で考えている間はなく本能的な動作になる。どんな回避手段であっても、転倒覚悟で衝突だけは避けた方が被害は少ないが、こうなるともう腕と運次第。

巷のクマ騒動の陰でシカやイノシシ、サルに困っている人々は多いはずで、バイクのライダーもそのひとつだ。大手メディアはもとより、
バイク雑誌でも取り上げられないテーマで見落としがちだが、バイクで大自然の中を爽快に走っている時、その爽快さに酔いしれながらも、頭の片隅に野生動物(特にシカ)の存在を忘れずに思い描いておこう。そして万一の転倒や衝突に備え、保護具で身を守ること。これらの効果は僅かかもしれないが、その僅かな差が生死を分かつかもしれない。

 

宿に掲示されていた啓発ポスター

購入する車は決まった。ならば、いよいよ商談だ。その商談、車の世界には少なからず値引きと様々な関連費用、そして下取ってもらう車の存在があり、少々厄介だ。商談にどう臨み、どう考えたかを書いてみる。

値引きなど一切しないワンプライスの方が気は楽だが、善かれ悪しかれこの世界には値引きというものが存在し、
提示された額が妥当なのかわからず、ゴールを定め難いのは困ったもんだ。そんな商談に臨む上においては、大きく4つのパターンがある。

0.何も要求せずに、提示された通りの額で決着
1.「まけてよぉ」とか「値引きはぁ?」と
正攻法で攻める
2.競合する他社の
ライバル車との商談を仄めかす
3.同じ車を複数の販売店から
相見積もりを取って競わせる

前述の0は無いな。富裕層が超高級ブランドの車を買う場合がこれに相当するようだが、今回は庶民が普通の車を買うからこれは無し。前述の1はどうか。これでは売る側の術中に嵌ってしまう。「これが精一杯です」と言われればそれでおしまいだ。また、私の場合他に買おうとしている他車はないので上記の2は該当しない。適当な車をでっち上げるようなことはしたくない。そうなると
3になる。会社に勤めていれば、外部から何かを購入しようとする時には”あいみつ(相見積もり)”を取るのが常識だから、何ら臆することではない。よって3のパターンで臨むことにした。

私はスズキのスイフト買おうとしているが、スズキの車を売る店は小規模な店も多く、市内に多数ある。しかし、だからと言って多くの店と商談をする気は無く、今回
商談対象とした店は2店舗に絞った。A店は現有の旧スイフトを9年前に購入した店。もう一つの店は、そのA店に試乗車が無かったため、試乗をさせてもらったB店。この2店で見積ってもらい、単純に安い方で購入しようと目論んだ。

まずはA店に向かう。今の車には9年間も乗っているのに、この店で車検を受けたことは一度も無い。単にディーラーの車検は高いからだ。なので全然馴染みの客ではないが、購入時からこの店の店長とはなぜか波長が合い話が弾む。だから、最初から
店長を相手に商談を進める。そこで正面切って「試乗させてもらったB店にも行き、安い方で買うから」と告げ、「ふたつの店を行ったり来たりさせないよう、最初からそれなりの見積りを出して」と要求した。

下取りに出す旧スイフトの査定額を弾いてもらう。そして、その下取り額を差っ引いた
追い金は184万円だった。9年4万km乗った車の下取り額が予想できなかったので、追い金は200万円を切って欲しいと思っていたが、下取車の査定が59万円と予想外に高く、あっさりと目標支払額をクリアしてしまった。値引きは約12万円。細かい項目と数字が列挙された見積書を見るが、一目で「この費用、削れない?」というものはなく、これ以上下がる余地はあまりなさそう。店長は「毎年のように利幅が削られ、昔のような値引きはもうできないんですよぉ」と言う。どこまで本当かは知る由もないが、ツッコミどころが見つからない。「じゃあ、今日はこの辺で帰ります。後日B店に行って見積もってもらい、安い方で買うから。B店の方が安かったらもう来ないよ」と言うと、店長は「まあ、間違ってもここから5万も10万も下がることはないですよ。でも2、3万なら何とかしますので、お待ちしています」と言って、この日の商談を終えた。

数日後、
B店に出向く。2カ月ほど前にこの店で試乗させてもらった時、対応してくれた営業マンを呼んでもらい、見積りをお願いした。先々月の試乗時、この営業マンのFさんの対応が良かったことが印象に残っていた。まだ20代と思われる若者だが、応対の物腰は柔らかく、こちらの問いにも的確な答が返ってくるし、容貌や言動を含めいわゆる好青年と言っても良かろう。Fさんはテキパキと下取車を査定し、見積書を携えてきた。そして出てきた見積り総額(追い金)は179万円。値引きは本体から7万円、付属品(オプション装備品)から3万円とA店より少な目だったが、下取車の査定は64万円とA店より高い。A店の見積書にシレッと入っていた下取車の査定や名義変更の費用も不要で、新車登録費用もやや安い。こういう諸費用の要否や大小もあるから車の費用は一筋縄では判断できない。そんな費用減もあってA店より5万円下がったが、この結果をどう判断するかだ。

この時点で「もうひと声!」などと更なる値引きは求めない。先日のA店の見積りのことも言わずに、「今乗っているスイフトを買った店への義理も一応あるので、
A店の見積りと合わせて検討させてもらいます」とこの日の商談を切り上げた。Fさんは「よろしくお願いします。価格的にはもう少し何とかできるようがんばりますので」と言う。

A店184万円:B店179万円。5万円の差。A店の店長は「(他店で)5万も10万も下がることはないですよ」と断言していたが、期せずして5万円の差になった。この結果をA店に伝えたらどうなるだろう。「2、3万の差なら何とかします」と言っていたが、5万円でも何とかしてくれるかもしれない。しかし、そうやって駆け引きをするかのように二つの店を行ったり来たりするのはいやらしく、気が引ける。B店の若い営業マンFさんの対応も素晴らしい。気心しれたA店の店長も捨てがたいが、おっさんから買うよりは、前途ある若者に花を持たせたい見積りも安いし。Fさんは帰り際に「価格面はもう少し何とかできるかと・・・」と言っていた。ならばもう一押ししてみようか。A店より更に差が開けば、それはもうB店を選ぶ決定打になる。

私は翌日から3日間バイクでツーリングの予定だった。この間は再度店を訪ねて交渉することはできないし、電話で細かい数字のやり取りをするのは間違いの元だ。そこで私は、ツーリングの前夜にFさんに
メールをした。「175万円にしてもらえば、即契約します」と書いた。ツーリングの最終日にメールが入った。「175万円で結構です」。値引きは本体の8万円、付属品から4万円、下取車の査定は67万円となった。この段におよんで「もうひと声!」「何かオマケで付けて」などとは言わない。私はすぐに了解の返信をし、後日契約のために店に行くことを告げた。そして先日、契約を済ませた。

この金額は妥当なんだろうか。例えば下取車にしても、
買取専門業者に売却すればもっと高く売れるはず。しかし、過去に二度買取業者を利用したことがあるが、ネットから一括見積りを依頼すると、多数の業者が次から次と押し寄せ、それをさばくのが実に煩わしい。更に困るのが、新しい車が納車されるまで待ってくれず、すぐに引き渡しを求められる。今回は下取りなので納車時まで車は使えるし、200万円で買った車が、9年経った今でも67万円になるのなら御の字だ。また値引き額にしても、ネットや雑誌で情報を探ればもっと値引いている例も見掛けるが、私はこれで良しとした。私がもっと若ければ、更に貪欲にガンガン攻めたかもしれないが、この歳になると、営業マンが言う決まり文句の「がんばります」という言葉を真には受けないが、好感度の高い若い営業マンを前にすると、「まあ、この位でいいかぁ」と素直に納得してしまった。価格の納得性とはその絶対額だけではなく、そういう面も含めた部分も多分に影響されるものだ。歳を取るとそういうことがわかって来る(もう遅いな)。

車の買い替えのためにと、老後資金の中から長年確保しておいた200万円は175万円で済みそうだ。もちろん、買い替えなどせず、現有の車を死ぬまで乗り続ければその175万円は手元に残る。でも、
お墓の中にお金は持って行けない。お金は有意義に使ってこそ意味がある。足腰が立たなくなってから、お金を使おうと思っても遅い。次回の買い替えは果たして何年後か。いや、もうこの世には私はおらず、今回が最後のマイカーの買い替えになるかもしれないが、自分が望んでいる形でお金を使って減らしていくのは正しい消費だと思う。

こうして商談が滞りなくスムーズに進み、この2、3年モヤモヤしていた案件が片付き、ちょっとスッキリとした。後は納期の確定を待ち、納車を待つだけだ。

ついに車を買い替えることにした。先日契約も終え、後は納車を待つばかり。ここに至るまでの過程を書いてみよう。

3カ月ほど前、このブログで買い替え候補の車種をいくつか列挙した。そして今回、やはりその中からの選択となった。先に結論を言えば、買う車はスズキの「
スイフト」。現在乗っている車もスイフトで、その新型に乗り換えということになり、順当で面白みの無い結果に落ち着いたが、ここに至るまで3年費やした。即断即決の私、問題の先送りが嫌いな私としては、自分のポリシーに反しているが、逼迫していないし、趣味的なことでもないので延び延びになってしまった。その長い期間のことは省略し、今回の車選びで何を考え、どう決めたのか、そして次回のブログでは商談のことを書いてみようと思う。

私のこれまでの人生では、おおよそ5~6年で車を買い替えて来たのに、今乗っているスイフトは現時点
9年を超えた。それでも、3年ほど前から買い替えを意識し始めた。しかし、「これだ、この車だぁ、これはもう買うしかない!」と言えるような私好みの車が見つからず、ズルズルとここまで来てしまった。

9年走行距離約4万kmの私のスイフトには、特に不満は無い。バイクは趣味だから大いに拘るが、私にとって
車は移動のツールに過ぎず、現在の車には道具として殆ど不満は無く重宝している。しかし、この先5年も10年も乗り続けるつもりは無く、遅かれ早かれ買い替えねばならない時がやって来る。新しい車のメリットを享受するのなら早い方がいいし、今の車との時間的間隔が離れ過ぎると、ガラケーがスマホに切り替わったと同じように、大きく進歩した装置や機能に我が老体の頭が追随できなくなってしまう恐れがある。

また金銭的な側面から見ても、
インフレの現代社会においては手持ちのお金の価値は相対的にどんどん下がっていくし、ちょっとしたマイナーチェンジのタイミングを利用して、価格を大幅に上げて来るだろう。更に、自動車の市場規模が縮まる一方の国内では、販売車種も絞り込まれ(典型例がバイク)て行く傾向にあり選択肢は狭まるばかり。先送りして良いことなど何もないのだ。

買い替えを意識し出したのは3年近く前。しかし、単なる移動のツールと言いながらも百万円単位のお金が出て行くのだから、何でもいいとか安ければいいという訳にはいかない。ツールであっても使い易く、優秀なツールが欲しい。そう考え決めあぐねている内に3年が経過し、「このままだと、いつまで経っても決まらない」という危機感を抱き、今年の初めから真剣に検討をし始め、試乗もし
買い替えモードを加速させた。それに際して私が求めたことや条件は以下のようなことである。

1.ハイパワーは不要だが、軽快に
キビキビと走れ、高速道路も普通に走れること
 バイクとは違って、車で遠出をすることは少なく、主な
用途は日常の買い物程度で市内をちょこまかと走っている。なお、私が住むエリアには制限速度120km/hの高速道路が走っている。軽自動車ではちょっと厳しいか。

2.
コンパクトで取り回しが良いこと
 用途的に普段は私一人で乗ることが多い。たまにカミさんを含めた二人。駐車スペースも広くないので、
でかい車はいらない

3.燃費が良いこと
 ガソリンも高くなったし、今後も心配だ。燃料代を気にせず気兼ねなく使いたい。少なくても現状より燃費が良いこと。

4.最新の安全機能を有していること
 歳をとれば
つまらないミスをしでかしてしまう恐れは高まる。現代のテクノロジーの力を借りよう。

5.ハイト系は対象外
 前述の2にも関連するが、重心が高く大きく鈍重なイメージのあるハイト系のワゴンやミニバンは好きではない。

6.乗り降りし易いこと
 私も歳をとるし、カミさんは現在ガンの治療中。体は不便になるばかりだから、乗降時に
「よいしょ」という言葉が出ない車がいい。車高が高いSUVや逆に極端に低いスポーツカーは不向き。

7.
メーカーは問わず、ブランドの高さも求めない
 特別嫌いなメーカーは無いし、ブランド指向もない。条件さえ満たせばどこの会社だっていい。海外メーカーでもいいけど、費用的に無理だろうね。

8.ハイブリッド車も可
 最早純粋なガソリン車に拘ったら対象車両が無い。でもEVは充電インフラ的に論外。

9.拘らない項目
 荷室容量、後席居住性、エンタメ性(オーディオなど)は不問。

10.追い金は出来れば
200万円以下に抑えたい
 だいぶ以前から次の車にと別枠で計上していた金額がこれ。最近の車は高くなったが、日常の道具にこれ以上のお金を費やす気にはなれない。

こんなにも多くの条件を並べ立てたが、果たしてそんな車はあるのだろうか。それがスイフトだった。実際に試乗をしての感想は、「素晴らしい!」ではなく、「
普通にイイ」だった。この表現は、オーソドックスで可も非もなく及第点は越えたというニュアンスではなく、かなりの褒め言葉だ。今乗っている一世代前のスイフト同様に軽くキビキビ走り、ハンドル操作に素直に反応するし、小回りも利くので取り回しは非常にいい。馬力は今より下がるが、マイルドハイブリッドにより加速時にモーターがアシストしてくれるので、「遅いなぁ」と感じなかった。装備的にも安全機能も含めほぼ全て備わっている。ただ、デザイン的には気になる点があり、それがマイナスだったがこの点は妥協した。

これは「しょうがない、もうこれ”で”いいや」と言うような、投げ槍的、なし崩し的なものではなく、「これが一番理想に近いな」ということで出した結論だ。現在乗っている旧スイフトの出来が良かったこともプラス要素になった。同クラスのライバル車には
ヤリス、アクア、フィット、ノートなど並みいる強敵がいるが、それらには目が向かず、実車どころかカタログやWeb情報すら見ずに、私はスイフトに決めた。

掛かる費用はどうか。スズキのHP上で見積もってみると、オプションや諸費用なども盛り込んで出た費用総額は
2,542,365円。絶対的な金額は大きいが、今の世の中、ちょっといい車を買おうとすると、300万どころか、400万、500万円掛かってしまい、軽自動車だって200万円を軽く超えてしまう車が多いのだから、この金額はかなり控えめだと思う。でも、人生終盤における最後の大商いになるかもしれないから「じゃあ、一つ貰うわぁ」と簡単に契約できない。この額をMAXとし、ここから9年乗った旧スイフトの下取りと値引きによって、果たしていくらになるか。さあ、商談開始だ!
次回に続く。

 

下取り車や値引きが含まれないこの金額から、いくら下がるか

 

今日もまた懲りずにやっている。もういいよ、この報道。そもそも最初からこの事件報道はおかしかった。

私が観るテレビのワイドショーはTBS系列の「
ひるおび」だけ。録画をして、夕方前に興味のあるテーマの部分だけ見る(主にお天気や歳時記的なコンテンツ)。この番組で初めてこの事件を知った時、「犯人は親だな」とすぐに思った。カミさんも全く同意見。恐らく、多くの視聴者、そして番組関係者、報道関係者も同じ考えなはず。ところがだ、番組のMCを始め、コメンテーター、専門家の誰一人、親のことに全く触れない。この事件報道を知った時、素人の私でも感じた最大の疑問は、「本当に、親は子供を学校まで送り届けたのか」と言う点。これが確かかどうかだけで、その後の展開は全く違うはずなのに、そんな最重要なことにかすりもしないことばかりグダグダと話す

「誰がどういう目的で連れ去ったのでしょうかねぇ?」とか「自分の意思で行ったのでしょうか?」とか、その線もあるかもしれないが、それ以前に確認すべきことは「親は本当に送ったのか?」だろう。もちろん、被害者の関係者、それも親を加害者かのように報道したら、大顰蹙(ひんしゅく)、大炎上してしまうだけでなく、
大きな人権問題になってしまうから口が裂けても言えない。放送前、テレビ局のスタッフから出演者には、「くれぐれも親を犯人扱いしたり、そう疑っているかのような表現は絶対にしないで下さい」と申し合わせをしているはず。そうして放送されると、親に関わる一切合切のことを意図的に避けて通っているかのような、不自然なやり取りになる。お笑いだ。

その後も次々と関係する所持品や他車のドライブレコーダーなど、外堀が少しずつ埋まりながらも、親に言及しないことについては相変わらずで、そこにピクリとも触れない報道が続いた。

私が心底呆れかえった事例がある。それはテレビ番組ではなく新聞でのこと。今年1月、新潟県
十日町の女子中学生が忽然と行方不明になった。事故か事件かと、当時「ひるおび」でも、長時間あーでもない、こーでもないと、専門家を交えた放送がされた。その彼女の遺体が4月に見つかり、その遺体は行方不明の彼女であることが判明した記事が、4月20日頃の紙面(朝日)の片隅に小さくベタ扱いで報じられていた。そしてその記事の下には、子供を含む3人家族の心中事件も掲載されていたが、これも同様にベタ記事。同時に起きていた京都の事件との紙面の扱いの差がこうも違うのは、いったいなぜだろう。

事件事故の大きさは決して亡くなった人の数だけで計るものではなく、その
社会的な意味の大小も関係する。京都の事件は残念なことであり悲しい出来事ではあるが、この事件にどれだけ社会性があり、多くの人が教訓としなければならないかといえば殆ど無い。それよりも、新潟の中学生が亡くなったのは豪雪時のことで、事故だと書かれていたが、豪雪との関係など教訓となる部分があるかもしれない。また、もう一つの事件、一家三人の心中の背景には何があったのだろう。

あきれた事例のもう一つは、京都の事件で義父が逮捕された直後の「ひるおび」での放送。冒頭でMCが「この事件、
予想もしていなかった意外な結末を迎えました」と驚きの表情を漂わせながら発した。これを見ていた私とカミさんは思わず大笑いしてしまった。テレビ局も番組関係者も、最初から「犯人はこいつだ」と考えていたはずで、”意外”ではなく、”思った通り”であり、”予想通り”の展開になったというのが正しいのに、義父を犯人だと考えたり、ましてや犯人扱いしたことなど毛頭ありませんと主張したいのか、恥も外聞もなく、堂々と「意外な展開」と言わせたのだろう。

犯人が逮捕されても
謎解きはまだまだ続く。「そんな細かいこと、どうでもいいじゃないか」と思えることまで、微に入り細に入り話題に揚げる。警察や検察は裁判での証拠固めのために細かい点まで調べ上げなければならないが、関係無い市民までそんな謎解きに突き合わせる意味はどこにあるのだろう。それよりも、日本だけでなく、世界を見渡せばとんでもない状況になっており、報道すべきことはいくらでもあるはずだ。なのに、謎解きに興じた放送っていったい何だ。公共の電波を使って、一億総「名探偵コナン」化を目指しているのか。

更に罪深いのは、これだけ繰り返し長時間放送されると、離婚して、
再婚後の連れ子は不幸であったり危険な目に遭うかのように思わせてしまいかねないことだ。放送局もそう取られないよう、その点にも触れないようにしているようだが、あまりにも長時間に渡って同じことを繰り返すと、再婚後の連れ子は不幸になる、最悪は殺されるかもと洗脳されるよう。一部の例外的な事例を除けば、再婚後に幸せな家庭を築き、生まれ変わった子供も多かろう。子連れの再婚には危険が伴うかのような、間違ったシグナルを送ってはいないだろうか。

この一連の報道は、マスメディアは膨大な取材と資料を元に、当初から「犯人はこいつだ!」と想定し、その内に捕まると踏んでいる。そこに至る過程、つまり
謎解きを楽しみ、そして最後にお上に吊るしあげられた悪党を見せしめにして、みんなで留飲を下げましょうというストーリー展開を目論み、ガンガン放送・報道した結果、こんないびつな報道になったのでないだろうか。それにまんまと乗せられてしまったのが私達。

マスメディアを
マスゴミとかオールドメディアと揶揄する風潮が強くなっているが、私はマスメディアやジャーナリストの重要性や意義は理解しており認めている。しかし、こういう報道があると、「マスメディアって奴は相変わらずだな」と残念に思わざるを得ないのだ。

旅の面白さは意外性。ツーリングでは、出掛ける前に抱いていたこれから訪ねる土地のイメージとは違っていることを見つけ、「へぇ~、ここってこういう所(町)なのかぁ」と思わされることが度々ある。房総半島でも、そんなところが随所にあった。

1.半島内陸部は快走エリア
 房総半島の北側、つまり半島全体の約半分には大きな町と一大工業地帯が連なっている。大都市千葉市を始め、隣接する市原、袖ケ浦、木更津、君津などがそうで、だから房総半島って人工物で溢れ、自然が豊かではない地だと思ってしまう。ツーリングに適しているのは、自然が豊かな地。特に、酷道や険道、淋道が大好きな私からしたら、
人が居なければ居ないほどワクワクする。だから、房総半島には食指が動き難い。ところが、実際に房総半島を走ると、この半島はかなりの田舎、言い換えると過疎地であることがわかる。半島のほぼ真ん中付近を東西に貫く圏央道を境にして、この高速道の南側がその田舎エリアになる。海沿いの外周部にはそこそこ大きな町があり、半島の外周を走る国道127、128号は交通量があるが、ひとたび内陸部に進入していくと、一部の道路を除けばパタリと交通量が激減する。県道なら尚更だが国道でもそう。交通量が少ない⇒飛ばせる、いや”飛ばせる”とは言わずに、「マイペースで走れる」と言い変えよう。もう、いい歳なんだからさ。

房総半島には高い山が無いので、険しくない山間地を比較的ゆったりとしたR(半径)で道路が縦横無尽に走っている。ただ、残念なことに内陸部に絶景と言えるほどの風景が無い。風景を楽しみたいのなら外周部がおススメ。その海の景色は大絶景とまでは言えないが、東京湾沿いを走る
内房総は穏やか、反対に外海沿いを走る外房総は荒々しいというように、その対比が楽しい。特に半島の南に位置する館山から東京湾の出口付近に突き出る洲崎(すざき)を経由して、半島突端の野島崎に至るルートは人口も激減するのか交通量が一段と下がり、海のすぐ横を走るので気持ちがイイ。まとめると、房総半島の内陸部と突端周辺の南部の海沿いが快走路エリアになる。

 


内房総最南端の町、館山で穏やかな東京湾を臨む

まったりとしたツーリングだから、今回はADV160を選択した

外房総の勝浦湾を臨む

半島の先端の野島崎周辺は、東映映画のオープニングのシーンのよう


2.小さな町になぜ巨大病院が
 外房に
鴨川という町がある。鴨川シーワールドという水族館が有名で、多くの人が知っていると思う。イメージ的にはリゾート的な町。その町を通過しようとしたら驚いた。海岸にほど近い場所にドッカーンと巨大な高層の建物が建っている。リゾートマンションかと思ったが、雰囲気的にそうではない。それは病院だった。亀田病院という名は少々田舎ポイが、とにかく大きい。私が住む静岡県の弱小政令指定都市にだって、こんな大きな病院は無い。大都会の大学病院レベルの巨大さだ。

鴨川市の人口は4万人少々。人口規模からしたら明らかにオーバーサイズ。ちょっと不釣り合いなそんな巨大病院が、なぜ南房総の小さな町にあるのだろう。病院の周囲は、道路も海岸もリゾート地ぽく整然と整備されている。近くには鴨川シーワールドもある。こういう穏やかな地で、ゆったりとした病室で療養する
富裕層向けの先進病院なのだろうか。このリゾート地と大病院という組み合わせは、高齢化と格差が進む今の日本社会の一面を映し出しているようにも感じた。

 

展望所より鴨川市街地を臨む

 

3.サーフショップだらけ
 私はサーフィンの世界は全く知らないが、ツーリングをしていれば全国各地の海岸を走る機会も多く、多くのサーファーで賑わうシーンを何度も見ている。ここ房総に来る途上に走った湘南の海岸もそのひとつだ。外房の
一宮という町を通過しようとした。海沿いを走ろうと思い国道から海沿いの道へと逸れた。その目の前の海には膨大な数のサーファーで溢れていた。これほどの数のサーファーを見たのは初めてだ。その日は日曜日とは言え、まだ朝の8時。それなのにこんな多くものサーファーが来ているとは。

バイクを走らせ国道に出ると、その道沿いにはサーフショップが建っていた。サーフィンのメッカのようだから、サーフショップがあっても何ら不思議ではないのだが、その数がすごい。道路沿いに何軒も何軒も、いや恐らく
何十軒ものサーフショップが店を構えている。湘南にもサーファー相手のショップはあったが、これだけの数の店が延々と続くエリアが房総半島の一宮。外房は九十九里浜に代表されるようにサーフィンが盛んな土地だとは知っていたが、こんなにも多くのサーファーが集まり、そしてサーファーを対象にした店が立ち並ぶ土地だとは知らなかった。

4.半島は産廃処理場だらけ
 去年、房総半島の付け根付近、市原市や木更津市付近を通り抜けた時、
産業廃棄物処理場が非常に多いことが気になった。産廃処理場に向かう大型トラックも多い。辟易して横道に逃れても、そこにも産廃処理場が次々と現れる。房総半島の根元付近には比較的平坦な土地が広がっているからだろう。山間部になる半島を南下していけばそんなことはなかろう。ところが、そうではなかった。平野部ほどではないが、市原や君津の人里遠く離れた山の頂上付近の林道を走っていた時、忽然と大きな壁が立ちはだかった。入口には産廃処理場の看板。こんな山の中、いや山の上に!と驚いた。

 

普段、大型トラックがこのダートの林道を登って産廃を運び入れている


ツーリング後、たまたま読んだ本に関連することが書かれていた。都内の巨大な高層ビルやマンションを建てるために膨大なコンクリートが必要となる。その材料となる山砂を千葉県で取っており、山を崩す。そしてその山を削り取った後にできた窪地は産廃処理場になるそうだ。つまり一石二鳥で二度儲かるという訳。東京からも近く、比較的人口も少なく、高い山も無く、良質な砂が取れ、土地の値段も安いであろう房総半島の内陸部。産廃処理場がやけに多いのはこういう理由のようだ。

 

何本もの林道で半島を横断する嶺岡中央林道は全線舗装

千葉には熊はいないそうだが、猿に2回遭遇

嶺岡中央林道にはこんな場所もあったが、バイクだから難なく通過
 

房総半島のツーリングを楽しむのなら、とにかく南に行けば行くほど良い。特に内陸部は交通量は少ないし、半島の外周の道なら海の景色が楽しめる。産廃処理場はあるが南下するに従って目に付かなくなる。

 

知らない土地を訪ねる時、その土地がどんな所か想像するが、予想していなかった光景を目撃することがある。それが例えネガティブなものであっても、予想だにしていなかった光景に期せずして出会えるのは旅の意義のひとつ。機動力が高いバイクだからこそ、尚更そういう場面に遭遇する機会が多い。だからツーリングは面白い。

 

房総半島は古い駅舎の宝庫

今回も数多くの駅を訪ねたが、一番好印象な駅は「上総鶴舞」(小湊鉄道)