Ciao〜!
Buongiorno

Come sta〜?
皆さんお元気ですか〜?

前回の投稿から
健康上のことやら

なんだかんだと
ありまして、、

気がつくと8ヶ月ほど
過ぎておりました。。笑


本当に歳と共に、
時の経つのが

めちゃくちゃに
早く感じますー笑笑

つい、6〜7年ほど前、

コロナが
流行り始めた頃には、

下の写真のように
私の髪も

背中までのびていた
ことを思うと、、

月日の経つのは

早いと言うことことを
つくづく感じますね〜笑

※(なぜか?ロックなカッコで
部屋の片付けで〜す笑)

ところで、

久しぶりですが、

今回から
記事のタイトルを

《✞すがおのままで
読む聖書✞》から

《✞すあしのままで
読む聖書》に変更します!!

う〜ん、、、

私自身の問題だと
思いますが、

どうも
《すがおのままで…》
と言うと、

まだまだ硬く、
馴染みにくく、

長文で
分かりにくいように

言葉の感覚的に

感じられて
しまうようで、、

もっとありのままの
自然体で、

リラックスした気持ちで
読んで頂きたいと思い、

本当に
なんとなくですが

《すあしのままで
読む聖書》とした方が

良いと感じ、

早速改めた次第です。。


これからも
より分かりやすく、

聖書のメッセージを

エッセイと言う形で
調理して、

皆様に

お届けして行きたいと
思いますので、

よろしくお願い致しますー。






さて、
前回の投稿から

だいぶあいだが
空いておりますので、

復習の意味も込めて、

こちらも是非、
読んで見て下さいー
↓↓↓

内容的にも、

大切なメッセージが
多く含まれていますし、

私自身の経験なども
多く記して、

より分かりやすく
書いておりますので、

少し長く
感じるかも知れませんが、

楽しく読めて、

聖書の本質を
少でも知る為に

役立つと思います!
お勧めです!!↓↓↓↓

では早速、
何時ものように

聖書のお言葉に触れて
行きたいと思います。




今回は
前回の続きと言うことで、

新約聖書の

《ルカによる福音書6章》
の中から

見て行きたいと思います。

では、では、

はじまり〜はじまり〜




[聖書メッセージエッセイ]
✞すあしのままで読む聖書✞
《ルカによる福音書6章》


今日の聖書の箇所には、
とても大切なメッセージ、、

イエスが直に語られた

メッセージが
多く記されています。

全て大切で、、

深いメッセージ
ばかりですので

全て解説して

お話しして行きたい
ところですが、、、

一日中
書き続けたとしても

終わらないほどに
なってしまい、

とても書ききれなく
なりますので、

何時ものように

ワンポイントだけ、、
クローズアップして

お話しして
行きたいと思います。

どうかお許しを〜笑




それから、今回から、

聖書本文の
【区分と項目】は

聖書そのものを読んで
頂けば分かることですし、

現在の日本語訳聖書には、

親切に
区分や項目の表題が

付加されている
ものが多くありますので

省略させて頂きますね。。

何か、、

聖書にあまり
馴染みのない方々には

余計に堅苦しくなって
しまいそうですしね。。

と、言うことで、

早速
お話しして行きますね。。


で、最初に
聖書そのものの文書を

引用して
行きたいと思いますー






『しかし、

聞いているあなたがたに
言っておく。

敵を愛し、

あなた方を憎む者に
親切にしなさい。

呪う者を祝福し、

侮辱する者のために
祈りなさい。

あなたの頬を打つ者には、
ほかの頬をも向けなさい。』

ルカによる福音書
6章27節〜29節
(聖書協会共同訳聖書)

『あなたの頬を打つ者には、
ほかの頬をも向けなさい。』…

この言葉は、
現実に実行しようとすると、

本当に難しく、
重い言葉です。。


ですが、イエスは
決して

不可能と思えることは
言われない方です。。

マタイによる福音書にも

同じような
言葉が記されています。

『あなたがたも
聞いているとおり、

「目には目を、歯には歯を」
と言われている。

しかし、私は言っておく。

悪人に
手向かってはならない。

誰かが

あなたの右の頬を
打つなら、

左の頬をも向けなさい。』

マタイによる福音書
5章38節〜39節
(聖書協会共同訳聖書)





今、世の中は
殺伐としていて、

イエスのようなこと
を言うと、

綺麗事と言われ、
愚か者と言われ、

夢見る者とあざけり笑い、

馬鹿にされる
かも知れません。。

そして、

世界に目を向けると

【抑止力】と言う、

【暴力の応酬や報復、
復讐を前提とした】

【危険な思い込みや空想】
の世界に

人々は生きています。。

その結果、結局、

お互いに争い、
報復し合って、

挙げ句の果てに
【戦争】と言う名の

【人殺しと破壊と
暴行の限り】を

つくしています。。。


そして、

そういった世界を
作り出している

大国の指導者達に限って、
自分が

神かキリストのように
振る舞っています。。

しかし、
偽キリストの正体は

悪魔であることを
聖書は言っています。

またイエスは

『剣を取る者は皆、
剣で滅びる』と、

別の箇所で
言っていることを

忘れないで下さい。。





そんな

世界のこと、、

大きな、

大げさなことで
なくてもいいんです。。


ほんの少しのやさしさ、、
ほんの小さな愛があれば

出来ることも
あるんです。。





有名な心理学者の

エリザベス・
ルーカス博士が

「報復をやめる勇気を
持つことが、真の英雄!」

と言っていますが、

博士自身、

こんな経験をしたことが
あると言うことです、

ある日のこと、

年配者でもある博士が
健康維持のために、

市民プールで軽めに
泳いでいたところ、

直ぐ横に
ぶつかりそうな勢いで

ある青年が
乱暴に泳いで行き、

近くにいた子供達と

非常に危険で怖い思いを
したそうです。。

そして、

その青年がまた
折り返して来た時に、

博士は苦情や注意を
することはせず、

その青年に、

「すごいですねー
こんなに早く泳げて、

素晴らしいです!」と
心から話しかけたそうです。

そうしたら、

その青年は
照れくさそうにして、

それからは

博士や子供達のことを
気遣いながら、

おとなしく静かに

泳ぐように
なったそうです。。

その青年は自分が
人より早く泳げることを

周りの人に知ってほしい、
受け入れてほしい、

と言う気持ちが

あったのだと思うと
言うことです。。






『右の頬を打たれたら、
左の頬を向ける』

と言うこと、

これは簡単なことでは
ないように思われますし、

一見、弱気で、

消極的な姿
のように見えます。。


ですが、本当は、
消極的な姿ではなく、

積極的な意味で、

私はあなた
(右の頬を打つ者)を

受け入れますよー
と言う、

【敵である相手の気持ち】
すら受け入れるという

力強く広い
愛を示したもの、、

対立や分断ではなく、
ゆうわ、

愛の力を示したもの、、

本当の勇者のみが
持てる心です。。


もし、あなたが、
右の頬を出して

左の頬をも
打って来る人がいたら、

その人はすでに
人ではなく、

獣か化け物に
成り下がっている人です。。

そんな獣や化け物を

相手にしては
あなたの魂が汚れます。


イエスの
言われることを、

そんなの理想だ、

綺麗事だ、
夢物語だと、

思われるかも
知れません。

でも、、、

人間から理想や夢を
取ったら、

獣(けだもの)以下の

狂った
化け物猿(ばけものざる)

地球を破壊するだけの

狂った猿に
なってしまいます。。。


この世界や

私達ひとりびとりを
救うためには、

【抑止力と言う暴力】
に頼るのではなく、

この愚かと思える
【綺麗事や理想や夢】が

必要なのでは
ないでしょうか?!

何故なら、

この愛は

この世界を創造された
神から出たものであり、、

イエスから出た

スピリット
なのですから。。。




十字架の上に表わされた
父なる神の愛と、

御子なるイエスの愛が、

全ての人々の心に
届きますように。。。

そして
深く刻まれますように。。

心からお祈りします。
アーメン。まことに。。






今回も
最後までお読み頂き、

本当に
ありがとうございました!!


さて、次回から
ほんの少し

《ルカによる福音書》
からのお話しは

お休みにして、

旧約聖書の中から、

《聖書の中の恋愛歌》
とも言える、

《雅歌》
ソロモンの雅歌について、

ちょっと

お話しして行きたいと
思いますー


聖書の以外と思える
芸術的な美しさと、

美しく深い
言葉や意味に

きっと
気付かれると思います。


ちなみに、皆さんも
良く知っている

《カーペンターズ》の
Close To You(遙かなる影)

と言う曲で歌われている
歌詞の情景は、

この《雅歌》の情景に

かなり良く似ている
部分があります。。

カーペンターズが

プロテスタント・
メソジスト系教会の

熱心なクリスチャンで
あった事を思うと、、

きっとどこかで

この《雅歌》の影響を

受けていたのでは
ないでしょうか?

そんな感じで、

興味深い聖書の箇所でも
ありますので、

ぜひ、ぜひ、
お楽しみに〜〜!!!



では、では、またで〜す。
Arrivederci
Ciao〜!


✞Domine,quo Vadis✞
(※ラテン語で、
「主よ、いずこへ
行かれるのですか?」)



※(カットのイタリアの風景の写真は、全て身内が個人的に撮影したものですので、著作権が発生する恐れがあります)