その日は約2週間ぶりに制服を着た。のろのろと準備をして、完全に遅刻する時間に家を出た。それでも母はうれしそうだった。

 学校の近くまで来たが、なかなか校門を入ることができず、裏門に回った。少し肌寒かったが、秋風が心地よい。

 向こうから腰の曲がったおばあちゃんが歩いて来た。制服を着た高校生が今ごろ何をしているんだ、と思われるかもしれないと身構えた。すると、「おはようございます」とあいさつされた。慌てて「あっ、おはようございます」と小さな声で返した。

 その時だった。「勇気をもって行かなんよ。がんばって」と言ってくれたのだ。ちょうど1時間目が始まるチャイムが聞こえた。

 見ず知らずのおばあちゃんの言葉は、優しく「おいでよ」という先生や友人とは違って、ビシッと叱ってくれたような気がした。

 結局その日は登校できなかったが、3日後に勇気を出して学校の門をくぐった。あの言葉があったから学校に行けるようになり、卒業もできた。今は子供にも恵まれ、忙しくて幸せな日々を過ごしている。

 もうおばあちゃんの顔は覚えていない。それでもあの時の言葉は私の支えになっている。

 

 

 

澤 友子さん (33) 介護士 熊本市の随筆

熊本日日新聞18.7.15 「生きる」より引用

 

たった一つの言葉で勇気が出ることがある。

たった一つの言葉で人生が変わることがある。

いい出会いを