部屋の大整理が、終盤に差し掛かりましたキラキラ

溜め込んだ期間が長いから、時間がかかるかかるあせる


でも、毎日大物を整理し終わるたび、

あぁ、片付けや掃除、「捨てる」って大事だな、と

身にしみて感じています。


数日前、大物のひとつである「写真」に取り組みました。


写真て大好きで、撮って焼いたら捨てられない、

最近だと、撮ったらデータ消せないので、

どんどん溜まって膨らんでいってました汗2


だけど、今回の大整理は、とにかく捨てること。

本当に、今、心がときめくものだけを残すこと。

そして、本当の新しいスタートを切ること、です。


というわけで、写真もたくさん捨てました。


特に多いのは、旅行関係の写真。

もう二度と行かないかもしれないし、

このときの風景はこのときだけだし、

このときの空はこのときだけだし・・・


だから、一枚も捨てられずに全部残してました。


そこで、今回は絶対に量を減らすと決めて、

何を基準に残す写真を選ぼうかと考え・・・


「もし、とってもとっても大好きな人に、

昔の写真が見たいと言われたときに、

退屈させない、かつ、見せたいアルバム」


という基準で、写真を選ぶことに音譜


必然的に、自分の写りが酷くて、

見るたびになんだかガッカリする写真もボツ。

でも一部、髪型がおかしくて、

ガッカリするけど笑えるのは残す(笑)


それから、ガイドブック見れば載ってるような、

建築物や風景だけの写真もボツ。

基本的には、ストーリーがある写真だけを残す。


そうやっていったら、ごっそり減りました。

そうです、写真に残すストーリーは、

素敵なストーリーだけでいいんですねアップ


ストーリーも何もないものは、残さなくていい。

そういうのはガイドブックやネットで検索すれば

またきっといつでも見れます。

いえ、きっと「見たい」なんて思うこと自体、稀なはず。


それに、「大好きな人に見せる」つもりで選んでましたが、

よく考えたら、それってつまり、

イコール自分が見たいってことですよね。

自分が見たくないもの、見てもつまらないものを、

大好きな人に見せたいって思わないですもん。


そう考えたら、写真を選んで残す以前に、

「写真を撮る」ということにも、

何か気づけた感じがしていますカメラ


写真が好き、カメラも好きなのに、

自分がどういう写真を撮りたいのかわからなくて、

あれ?なんで写真撮ってるんだろう?

これ撮って何が楽しいんだろう?なんて、

最後には、全部わからなくなってました。

(なんか私、あらゆることに対してこうですね汗


写真って、その人の視点や気持ちが出ます。

そういう写真が、私は大好きです。

そういう写真って、何度見ても飽きません。

何度も何度も、アルバムをめくってしまう。

いい写真集ってそうですよね。


そういうことなんだな、と思いました。


「もう見れないかもしれないから残しておかなきゃ」

っていう、念のための執着や記録ではなくて。


そのアルバムをもしプレゼントされたら、

私は嬉しいだろうか?楽しいだろうか?

何度も思わず開いてしまうだろうか?

そういうことなんですよね。


それ考えたら、焦ってすべてにカメラを向けて、

ファインダー越しでしかものを見ていなかった、

なんていう、本末転倒なこともなくなりそうですアップ

逆に、あのとき撮っておくんだったっていうことも。


あー、掃除や整理ってすごいなぁ。


掃除や整理が、人生にそんなに大きく関わるか、

半信半疑で仕方なかったんですが、

早く就活したい気持ちをおさえて

無理やり苦手な掃除・整理をしている意味は、

ものすごくあるな、と思います。


自然に感じてるはずの「ときめく気持ち」が

「今までの全部」に埋もれちゃってたんだな。


幸せじゃないことは自ら選ばなくていいんだし、

幸せじゃないことは自ら残しておかなくてもいい。


そうやって抽出されていって、

歳をとるって素敵なことですねはぁとキラキラ