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ジョサイア・コンドル

ブックマーク★レトロ系建物











前の記事、護国寺の続き・・。
護国寺に来たのには目的があります。
2012年02月10日(金)三菱一号館【丸の内-霞が関】の記事で紹介した通り、
ここにはジョサイア・コンドルのお墓があるのです。
そのジョサイア・コンドルのお墓を拝みたくてここに来たのです。
護国寺に訪れる人を案内してる人が居たので
お墓の場所を聞いてなんとか辿り着きました。
護国寺の敷地のかなり奥の方です。
説明を受けなければ見つからなかったでしょう。

東京駅や迎賓館を設計したのもジョサイア・コンドルの弟子です。
また当時日本を代表する建築家の多くが彼の弟子でした。
文明開化と言われた明治以後の日本建築界の基礎を築いた神様の様な人です。
また外国人にもかかわらず人生を日本に捧げた人でもありました。
その割にお墓が質素なのは世界大戦で敵国人となったからでしょうか?
お隣には洋風の霊廟がありました。
先に亡くなった日本人の奥さんのお墓でしょうか?
曇天の空でしたが来てみて良かったです☆

1876年 (明治9年)日本政府と契約。
1877年(明治10年)来日、工部大学校(東大)工部省営繕局顧問
   (皇族政府の主要建築設計に参画)
1888年(明治21年)建築事務所を開設
1893年(明治26年)花柳流の舞踊家、前波くめと結婚
1894年(明治27年)勲三等瑞宝章
1914年(大正3年)工学博士号取得
1920年(大正9年)東京で逝去。67歳。妻と共に護国寺に埋葬される。

※代表的な作品
1883 (明治16)年 鹿鳴館     現存せず
1891 (明治24)年 ニコライ堂
1894 (明治27)年 三菱一号館   復元
1896 (明治29)年 旧岩崎邸庭園 洋館,和館,撞球場の3棟が現存。
1908 (明治41)年 三菱開東閣  三菱の迎賓館として利用。非公開
1912 (明治45)年 目黒雅叙園  旬遊紀(岩永省一邸)
1913 (大正2)年 三井倶楽部  三井の迎賓館として利用。非公開
1913 (大正2)年 六華苑 三重県 六華苑として公開。
1915 (大正4)年 清泉女子大学 外観の見学は可能。館内は期間限定予約制。
1917 (大正6)年 旧古河庭園 旧古河庭園として公開。館内の見学は申込制・撮影不可。


※関連記事
▼2012年02月10日(金) 三菱一号館【丸の内-霞が関】の記事の画像。
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▼2012年01月23日(月) ニコライ堂の画像。
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▼2014年02月10日(月) 洋館 旧岩崎邸の記事の画像。


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護国寺

ブックマーク★レトロ系建物


▲観音堂(本堂)元禄10年(1697)に徳川5代将軍綱吉公の命により建てられました。


▲多宝塔 昭和13年に建立されました。滋賀 石山寺の多宝塔(1197)と同じ意匠。


▲鐘楼 天保7年(1836)都内では貴重な歴史的鐘楼形式建造物です。


▲仁王門 元禄10年(1697)? 正面両脇間に金剛力士像が入ってます。



家から比較的近いけどなかなか寄る機会がありませんでした。
東池袋のすぐお隣にある護国寺です。
本堂を始め、多くの重要文化財の建物があります。
天和元年(1681年)二月七日、徳川綱吉は母の願いをうけ、祈願寺護国寺を建立。
近代以降、明治6年(1873年)明治天皇の皇子薨去を機に護国寺境内の東半分が皇族墓地とされ
宮家の墓所が造られました。

ここには日本を代表する偉人達が眠っています。
三条実美
大隈重信(政治家・早稲田大学の創設者)
山縣有朋
山田顕義(初代司法大臣、日本大学・國學院大學を設立)
梅謙次郎(民法・商法起草者、法政大学初代総理)
河野広中
石井絹治郎(大正製薬創業者・初代社長)
石井輝司(大正製薬2代目社長)
大倉喜八郎
池田成彬
團琢磨
團伊玖磨(作曲家)
益田孝 (益田鈍翁)
高橋義雄(高橋箒庵)
ジョサイア・コンドル(建築家)
野間清治(講談社初代社長)
中村天風
梶原一騎(漫画原作者、小説家)
大山倍達(空手家)
鈴木成文(東京大学名誉教授・神戸芸術工科大学学長・建築計画学)

この日は薄曇り・・。
あまり良い天気じゃなかったけれど神秘的な写真が撮れました♪

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温暖化なのか氷河期なのか?








2014 2/8に続き、また2/14も大雪。
しかも前回を上回る積雪。
雪かきをしてたお爺さんもこんな雪、見た事ない!と・・。
地球は暑くなっているのか寒くなっているのか?と言う話をよく聞きます。
実際には地球は周期的に温暖期と寒冷期を繰り返しています。
近年、温度差の拡大により気候変動が大きくなっているのは確かです。

2012年04月05日温暖化による氷河期の記事ではその事を詳しく説明しています。
①氷山が溶け、海水の塩分濃度が薄まる。
②北半球の広い範囲で海水が氷結可能な塩分濃度になり一気に凍結。
③北半球の海面が凍結した事で暖流が来なくなる。
④冷えた大気により空は雪雲で覆われ太陽からの熱が一切届かなくなる。
等のメカニズムにより氷河期を迎えるのです。
本来なら自然界ではゆっくり移り変わる温暖期⇔寒冷期も
急激な温暖化は氷河期の到来を早めるのです。
新しい読者も多いので改めて取り上げてみました。

多忙でなかなか皆のブログにお邪魔できません・・m(u_u)m

雪景色2014 2/8







【写真はスマホで撮りました】

2014 2/8 東京で13年ぶりの大雪警報。
そして積雪は45年ぶりの27センチ。
場所によっては30センチを超えた所も・・。
去年も大雪だったのにね~。
土曜も日曜も仕事でした!
出勤も困難、帰宅はもっと困難・・。
待っても電車がなかなか来なくて
帰れないかも知れないと思いました。
(´・ω・`)
※関連記事
2013年01月21日(月)サバイバルラリー東京2013


洋館内部 旧岩崎邸

ブックマーク★レトロ系建物















洋館 旧岩崎邸の続き・・。
日本政府に呼ばれたジョサイア・コンドルは自分に何を求められているか悩んだそうです。
西洋建築でもいろいろな建築様式があります。
ジョサイア・コンドルはヨーロッパの建築デザインをそのまま持ってくるのでは無く
日本の風土に合う様に、また複数の建築様式を取り入れて設計をしました。
この洋館もルネッサンス風な装飾だったりイスラム風様式を取り入れたり・・
正面玄関から聳える塔は階段室となっています。
南のベランダから見るとギリシャ神殿の様です。
旧岩崎邸の洋館は日本で最初にベランダが作られた建物です。
雨が多く湿度の高い日本の風土に屋根のあるベランダは
ジョサイア・コンドルの考えた1つの答えでした。
日本の近代建築にベランダが定着したのは彼の功績があります。

館内は撮影禁止です。
警備員が入口に1名、1階に職員が1名、2階に警備員が1名。
部屋の中も見学者が多く全く隙がありません。
辛うじてベランダに人が居なくなった時に[◎]☆パシャ!
本当に紹介出来ないのが惜しい位素晴らしい室内です。
なんとか室内の様子を伝える事は出来ないかと思ったら
なんとGoogleマップで洋館内部のストリ-トビューが用意されていました♪
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