遊蹴館 ゼロ戦
ブックマーク★レトロ系建物








遊蹴館の玄関ホールにはゼロ戦が展示されています。
無料で見る事ができて撮影も可能です。
(零式艦上戦闘機52型 三菱4240-1号機)
この零戦はラバウルの旧日本海軍航空基地で見付かった主翼胴体と
ミクロネシア、ヤップ島で発見された5機の機体を日本に持ち帰り復元したそうです
零式艦上戦闘機52型は零式艦上戦闘機の派生種で翼の折り畳み機構を廃し翼幅を11mに短縮。
最高速度は約565km/h(高度6,000m)、上昇力も向上しました。
翼内燃料タンクに自動消火装置を装備して防御力も高めています。
乗員:1名
全幅:11.00m
全長:9.121m
全高:3.57m
自重:2,155kg
全備重量:3,150kg
出力:1130hp
13mm機銃×1、20mm機関砲×2+13mm機銃×2
1943年8月から生産が行われ、(三菱・中島)
終戦までに零戦各型でも最多となる約6,000機が生産されました。
玄関ホールのゼロ戦は広い空が見える1番窓側に展示されています。

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遊蹴館の玄関ホールにはゼロ戦が展示されています。
無料で見る事ができて撮影も可能です。
(零式艦上戦闘機52型 三菱4240-1号機)
この零戦はラバウルの旧日本海軍航空基地で見付かった主翼胴体と
ミクロネシア、ヤップ島で発見された5機の機体を日本に持ち帰り復元したそうです
零式艦上戦闘機52型は零式艦上戦闘機の派生種で翼の折り畳み機構を廃し翼幅を11mに短縮。
最高速度は約565km/h(高度6,000m)、上昇力も向上しました。
翼内燃料タンクに自動消火装置を装備して防御力も高めています。
乗員:1名
全幅:11.00m
全長:9.121m
全高:3.57m
自重:2,155kg
全備重量:3,150kg
出力:1130hp
13mm機銃×1、20mm機関砲×2+13mm機銃×2
1943年8月から生産が行われ、(三菱・中島)
終戦までに零戦各型でも最多となる約6,000機が生産されました。
玄関ホールのゼロ戦は広い空が見える1番窓側に展示されています。

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遊蹴館 玄関ホール
ブックマーク★レトロ系建物










遊蹴館の玄関ホールでは拝観料の受付を行っています。
(平成30年1月1日より大人個人1000円)
玄関ホールには売店、茶寮があります。
売店では書籍・参拝記念品を買う事ができます。
茶寮ではカレー、うどん、そば、たこ焼き。焼きそば、
飲み物各種、スイーツ等が楽しめます。
玄関ホールの展示物に付いては無料で見学、撮影が可能です。
遊就館では、常時3千点以上もの史・資料が展示され、
一通り拝観すると2時間近く掛かります。
また玄関ホール、大展示室を除いて殆どの場所で撮影不可です。
次回はゼロ戦を紹介します。

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遊蹴館の玄関ホールでは拝観料の受付を行っています。
(平成30年1月1日より大人個人1000円)
玄関ホールには売店、茶寮があります。
売店では書籍・参拝記念品を買う事ができます。
茶寮ではカレー、うどん、そば、たこ焼き。焼きそば、
飲み物各種、スイーツ等が楽しめます。
玄関ホールの展示物に付いては無料で見学、撮影が可能です。
遊就館では、常時3千点以上もの史・資料が展示され、
一通り拝観すると2時間近く掛かります。
また玄関ホール、大展示室を除いて殆どの場所で撮影不可です。
次回はゼロ戦を紹介します。

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靖国神社遊就館
ブックマーク★レトロ系建物











イタリアの雇教師カペレッティーの設計により、
明治14年にイタリア古城式の建物が竣工し、翌15年2月25日に開館式が行われました。
館名は、構想段階で正式名称が決定するまでは「額堂並に武器陳列場」と仮称されていましたが、
後に正式名称を「遊就館」と決定しました。

大正12年の関東大震災でレンガ造りの建物は大破。
その後昭和6年に近代東洋式(帝冠様式)の本館を再建、
昭和7年の4月26日に開館記念式典が行われました。
平成14年(2002)に改修、増築工事が施されています。
館名の「遊就」は、高潔な人物に交わり学ぶという意味だそうです。
館内には、靖國神社に鎮まる英霊の遺書や遺品をはじめ、
英霊のまごころやその事蹟を今に伝える貴重な史・資料が展示されています。
10万点に及ぶ収蔵品の中には、絵画や美術品、武具甲冑、武器類なども数多く含まれています。

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イタリアの雇教師カペレッティーの設計により、
明治14年にイタリア古城式の建物が竣工し、翌15年2月25日に開館式が行われました。
館名は、構想段階で正式名称が決定するまでは「額堂並に武器陳列場」と仮称されていましたが、
後に正式名称を「遊就館」と決定しました。

大正12年の関東大震災でレンガ造りの建物は大破。
その後昭和6年に近代東洋式(帝冠様式)の本館を再建、
昭和7年の4月26日に開館記念式典が行われました。
平成14年(2002)に改修、増築工事が施されています。
館名の「遊就」は、高潔な人物に交わり学ぶという意味だそうです。
館内には、靖國神社に鎮まる英霊の遺書や遺品をはじめ、
英霊のまごころやその事蹟を今に伝える貴重な史・資料が展示されています。
10万点に及ぶ収蔵品の中には、絵画や美術品、武具甲冑、武器類なども数多く含まれています。

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靖国神社拝殿
ブックマーク★レトロ系建物








中門鳥居を潜ると拝殿です。
現在の中門鳥居は平成18年(2006)に建て替えられたものです。
以前はここに門扉があった為、中門鳥居と呼ばれます。
拝殿は明治34年(1901)に建てられました。
拝殿前に賽銭箱があり、社頭での参拝が行われます。
普通の神社ならここが本殿にあたるのですが
本殿の前に拝殿がある構造になっています。
本殿への参拝は隣の参集殿に正式参拝入口があり、
個人や団体で正式参拝する方々の為の受付や控え室・朱印所などがあります。
面倒くさそうだし時間も掛かりそうですね。
まだまだこれから先、撮影場所がいっぱいあるのでここはパスしました。

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中門鳥居を潜ると拝殿です。
現在の中門鳥居は平成18年(2006)に建て替えられたものです。
以前はここに門扉があった為、中門鳥居と呼ばれます。
拝殿は明治34年(1901)に建てられました。
拝殿前に賽銭箱があり、社頭での参拝が行われます。
普通の神社ならここが本殿にあたるのですが
本殿の前に拝殿がある構造になっています。
本殿への参拝は隣の参集殿に正式参拝入口があり、
個人や団体で正式参拝する方々の為の受付や控え室・朱印所などがあります。
面倒くさそうだし時間も掛かりそうですね。
まだまだこれから先、撮影場所がいっぱいあるのでここはパスしました。

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靖国神社第二鳥居
ブックマーク★レトロ系建物










第二鳥居は明治20年(1887)、
日本一の青銅製の鳥居として大阪砲兵工廠で製作されました。
両脇の石灯篭も大きいですね。
小型の灯台みたいです。
第二鳥居を過ぎると神門が見えてきます。
神門は昭和9年(1934)に建てられたもので、
中央の2つの扉には、直径1.5メートルの菊花の紋章が取り付けられています
神門を抜けて右手の方には能楽堂があります。
この能楽堂は明治14年(1881)に芝公園に建てられたもので、
明治36年(1903)に靖國神社に奉納、移築されました。
この舞台で能や日本舞踊などの芸能が行われます。

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第二鳥居は明治20年(1887)、
日本一の青銅製の鳥居として大阪砲兵工廠で製作されました。
両脇の石灯篭も大きいですね。
小型の灯台みたいです。
第二鳥居を過ぎると神門が見えてきます。
神門は昭和9年(1934)に建てられたもので、
中央の2つの扉には、直径1.5メートルの菊花の紋章が取り付けられています
神門を抜けて右手の方には能楽堂があります。
この能楽堂は明治14年(1881)に芝公園に建てられたもので、
明治36年(1903)に靖國神社に奉納、移築されました。
この舞台で能や日本舞踊などの芸能が行われます。

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