戦争を避け平和を望んだ国ウイグル | 雨 風 呂

戦争を避け平和を望んだ国ウイグル

 

「新疆平和解放」 無血開城: 1949年
国共内戦で勝利を確実にしていた中国共産党軍がウイグルに迫りました。
当時の新疆省政府(中華民国)と、独立を目指していた勢力の幹部たちが、
共産党側との交渉の末、大きな戦闘を交えることなく降伏・合流することを選択しました。
それに伴い交渉の為に独立派の指導者の団体が北京へ向いました。
しかし飛行機事故で指導者達は全滅しました。
その後ウイグルは組織的な抵抗無しに共産党による統合が完了しました。



「近年のウイグル」
ウイグル人を再教育し職業スキルを習得させる事を目的とした施設を作りました。
中国政府はあくまで「職業訓練施設である」と主張してますが
西側諸国は「強制収容所」と報道しています。
そういった施設ではイスラム教を信仰し独立運動に加担していると判断された
約100万から200万人のウイグル人が強制的に拘留され、
拷問、虐待 文化的・政治的洗脳、強制労働などが行われています。
更にウイグル人の人口を減らす為に若い女性に避妊手術を行い、
子供に対して文化とアイデンティティーを消し去る為の教育がされ、
健康な人々には国家プロジェクトの臓器売買の為の臓器摘出が行われています。



「ウイグル自治区の元警察官の証言」
中国の警察官だった張亜博氏(39)は観光先のドイツで亡命の意思を表明。
亡命先のドイツで産経新聞の取材に応じ、
イスラム教徒少数民族のウイグル族に対する人権侵害について語りました。
張氏は自治区南部のホータン地区に配属され、主に拘置所の監視を担いました。
実態はウイグル族の収容所でした。
「顔に覆いをかけられた若者が、手首を天井の鉄棒にくくりつけられ一昼夜、放置されました。
空き缶の上にひざまづくよう命じられ、鞭で殴打された人もいた」と拷問の様子を語りました。