生徒との接し方:悪い癖は早めに摘むこと | みとのや先生日誌:元帰国生だから言える事

みとのや先生日誌:元帰国生だから言える事

アメリカオレゴン州、ワシントン州にある学習塾巣鴨アドバンススクール(www.sugamoadvance.com)で日々子供達と奮闘中です。

基本的に、私は、いつも笑顔だよね、と生徒に言われるくらい、温和な表情をしているらしいのですが

必要な時は、生徒を容赦なく叱ります。

その必要なときとはどういう時か?

それは、ここで叱らなければ将来その子が困る時です。



基本的に私はそこまで言葉遣いというものに神経を張り巡らせません。

その子が選んでそうできる。

つまり、必要なときに敬語が使えるのであれば問題はないと思っています。

その敬語かどうかという表面的なことよりも、相手がこっちを敬って接してくれているかどうかの方がより重要だと思っています。

しかし、その敬う気持ちがない場合。

完全に大人をなめているな、周りの人間を下に見ているなと思った場合は

その子の将来のためによくないと思うので、容赦なく叱ります。



ある生徒さんは、こちらの言ったことをやることなく、自分の好きな問題をやり始めました。

そして、こっちの注意を聞こうともしませんでした。

完全になめられているな、と思ったのと、今までも接していてそういう悪い癖があるなと思ったのでこう伝えました。

“大人をなめるんじゃない!” と。

叱るときは、絶対に長い説教はしないようにしています。

相手の名前を呼び、相手の目を見て、短く簡潔にがモットーです。

“こっちは、真剣にやってるんだ。○○○(生徒名)も真剣にやってほしい”と。



そこからは、人が変わったかのように、こっちの話を聞いてくれました。

もともと素直で勉強にもやる気がある子なので、やるべきことをしっかりやってくれました。

もちろん、最後は“今日は頑張ったね”と変化を認めるようにもしています。



帰国生というのは、お父様お母様から叱られることはあっても、他の第三者から叱られるということはないのではないでしょうか?


子供は基本的に自由にのびのびと育ってほしい。

そう思っていますが、正すところは正さなければ、良い癖も悪い癖も両方とも伸びていってしまいます。

やはり、悪い癖というのは大人が早いうちから摘んでおく必要があると思っています。



私が先輩から言われたこと。それは

“その子の将来を想い接すること。叱るべき時は叱る。そういう大人が減ってきているからこそ、教育者はそうあらねばならない。その想いがあれば、生徒たちは絶対に心で感じてくれる”と。

私たちは、ただ褒めるだけの生ぬるい教育集団を目指していません。

本当に生徒のことを考え、将来を考え、その子がより幸せな人生を歩んでいけるよう想い接する教育集団であらねばならないと思っています。