大人の責任:失敗に寛容な模範となること | みとのや先生日誌:元帰国生だから言える事

みとのや先生日誌:元帰国生だから言える事

アメリカオレゴン州、ワシントン州にある学習塾巣鴨アドバンススクール(www.sugamoadvance.com)で日々子供達と奮闘中です。

先日、こちらのブログを読んで「良いな」と思ったので問い合わせてみました、との連絡が入りました。

私としては、「一日にブログを見た人数」というのは分かるのですが

感想を直接聞く機会は今まで一度もなかったので、大変うれしく思いました。

ブログ執筆者としてこれほどうれしいことはありません。

この場をお借りして感謝申し上げたいと思います。



そんな私ですが、スーパーなどで感動的なサービスを受けたときは、メールにて感謝の意をお店に伝えるようにしています。

努力が認められることほど嬉しいことはありませんし、また頑張ってより良いものを提供していこうとの活力源にもなります。

たとえ、それが非難だったとしても、それは皆様の期待の現われでもあるわけですので、気が引き締まります。

逆に何も反応がなければ、自分がしていることは他人に認められているのかが不安になります。



そうなんです。

反応がないことほど、怖いことはありません


そして、子供というのは時に残酷なため、帰国生が頑張って英語をしゃべったところで、

意味が分からない、と無視されることも多々あることでしょう。

無視されることに慣れてしまうと、子供たちは心を閉ざします。

挑戦することを辞め、傷つくのを恐れるのです。

私はこのような帰国生を今まで何度も見てきました。

日本でも度重なる失敗をしたがために、挑戦しなくなった子供たちも多く見ました。



そんな子供たちに私たち大人ができること、それは、
「失敗を恐れない模範」になる
、ということです。


私は、授業中色々なことに挑戦します。

考えてきた題材を使用したり、話のネタを工夫したり、時には親父ギャグなるものも使います。

そんなときの生徒の反応は(特に親父ギャグですが)・・・冷たいものです(笑)

しかし、私はめげません(笑)

これでもか、と歯を食いしばり冷たいギャグを連発するのです(笑)

だいたい三回目にはあまりにもの教室の寒さに失笑が起こります。


それは、さておき、イタリアンや韓国料理店などに行っても、ウェイターさんなどに単語を教えてもらい

「ありがとう」を、その国の言葉で言うようにします。

例え発音が変でも構いません。通じなくても構いません。

挑戦した、そこに意味があるのです。

失敗があるからこそ、成功したときの喜びはひとしおなのです。

何よりも、必ずそのウェイターさんには笑顔がこぼれ、打ち解けあうことができます。

サービスもよくなります 笑



このように、大人が小さなことに挑戦し、会話を楽しむとき、子供もそれをみて挑戦することの楽しみを覚えます。

私たち大人が失敗に寛容になり、挑戦に貪欲になることを楽しめば、子供もそのように成長していきます。

われわれ大人が、相手の反応を恐れず、失敗しても挑戦し続ける模範となる。

これが私たち大人の責任ではないでしょうか。