11月の米大統領選挙に向けて、

オバマ・マケイン両陣営の副大統領候補が指名され、

党大会で各党のカリスマ達が続々とスピーチを行い、

テレビCMにも両陣営のネガティブキャンペーンがあふれる今日この頃です。


いろいろ批判はありますが、

国民がこれだけじっくりと両陣営の主張を比較し

未来の大統領像を思い描いてみることのできる選挙はさすがだと思います。


また、この時期に大量にメディアに流れるGod Bless America!演説が

アメリカ人を奮い立たせ、愛国心や誇りを下支えしているようにも思います。


「我らがアメリカの国際的地位はブッシュのおかげで低下してしまった。今こそ本来の輝きを取り戻す時だ。」

「誰もが最大限の自由と繁栄を享受する。それこそ建国の父が思い描いたことではなかったか。」

「我々アメリカ人にはできるはずだ。」


そう、アメリカ人はお互いを勇気づけるのが得意なのです。


学校でもフィードバックを求められた時には、

批判はオブラートに包んでシュガーコーティングしたうえで最後に

「I'm confident that you will improve and succeed.」などと

必ず励ましの言葉を添えます。


日本で総理が「日本万歳!日本人ならできる!」なんて

絶叫する演説を連日聞くことって想像できないんだけど・・・と

深い洞察力が自慢のKennethに話したら、彼は


「アメリカ人って反省とか改善が苦手なんだよ。いつも自分を前向きに捉えてないと自我が崩壊しちゃうから、ひとの不満や批判になかなか気づかないし、気づくと大げさに自分はもうダメだって思うんだ。」


と言って、とても興味深い比較文化論の論文を紹介してくれました。


“... negative self-information elicits different reactions from Japanese and North Americans. In a Japanese context, the discovery of negative features about the self serves to highlight where one needs to make efforts so as to move toward the consensually shared standards. Negative information about the self thus should be sought out rather than avoided. In contrast, in a North American context, becoming aware of the negative self-features highlights relatively immutable inadequacies of the individual, symbolizing how he she lacks the qualities valued in an individualistic society, such as the ability to be self-sufficient, autonomous, and to make one’s own unique mark in the world. Negative self-relevant information thus should be particularly threatening within a North American cultural context.“


要約すると

「日本人は、社会の暗黙の基準にみあうべく努力するきっかけとして、自身のネガティブな情報を積極的に探している。一方アメリカ人にとっては、自身のネガティブな情報は、個人主義の社会において人間失格と言われるに等しい脅威である。」

という内容です。


ちょっと、なるほどな、と思いました。


福田首相の突然の辞職に

日本人の誇りや希望がまた傷つかないか心配しています。


反省や批判や弁解ではなくて、勇気のでることばを、もっと聞ければいいのに。


夏休みを終えて、ようやくフィラデルフィアに落ち着きました。


Whartonの1年生は、既に8月あたまから授業を受け始めています。

入学前は夏がつぶれると嫌がっていたプレ・タームも、振り返れば

「授業はゆるくてイベント続きで、なんか楽しかったね。」

という感想を皆が共有する1ヶ月でした。

今年も後輩がPUBにあふれ、街はあたらしい香りがしています。


cafe


この夏は時間をとてつもなく贅沢に使いました。


座禅、ヨーガのように宗教に内観を促されることもなく、

休暇がサボリに近い扱われかたをする職場にいた私にとっては、

立ち止まって考える時間をとるのに

学生という立場がとても有り難く思えました。


そして、どうやら私の場合は

オープン・カフェでカプチーノを飲みながらぼーっとするのが

座禅にあたるらしいことを発見しました。


朝からカフェに出向くのに、そのうちふっと音が聞こえなくなり、

気づくとまわりのお客さんがはけ、閉店時間になっていて。
(・・・寝てるわけではありません。)


2年生の授業は9月3日から始まります。

これから、夏に出会ったひと、気づいたことを、少しづつ報告させてください。



★更新できなかった期間に、ペタや読者登録を残して励ましてくださった、恐らく面識のない方がたくさんいらしたことを知りました。どうもありがとうございます。また書き始めたいと思うので、よろしくお願いします。★




rose


本日、投資ファンドのブラックストーン・グループが、

クリーンテック分野の投資を専門に行う

新グループを立ち上げると発表しました。


グループのトップには、

過去にVCで先端技術の目利きをしていた人材が抜擢されました。


米国では、太陽光発電、風力発電、次世代エタノール、炭素隔離などの

「環境と経済の両立」を果たしうる最先端技術への

投資ブームは盛り上がる一方で、

これまでVC案件は投資規模が小さすぎるとしていたPEファンドも

本格参入する事態になりました。


つい最近までもてはやされたトウモロコシ等起源のバイオエタノールが

今では食糧と競合することを問題視されているように、

クリーンテック全てが世界にとって望ましいものとは限りません。


しっかりと長期を見据えたロードマップを描いて、

事業や技術の目利きを行い、資金を必要な分野に流す。


そういう金融本来の役割を果たす志の高いキャピタリストが

どんどん育ってくれるといいなと思います。


woods

役人になりたての頃

山形県の過疎の町で中学生にキャリアについて講演させていただき

学校側が生徒のコメントを集めてくださって、その中に

「こんな生き方があるとは知らなかった、勉強を頑張ってみたいと思った」

という趣旨のものがありました。


学校に提出するコメントなど適当に書くでしょう、それでも

勉強という究極に地味で内向きの作業を

大きな夢のためにやってみようと一瞬でも思ってくれたなら、

それは本当に嬉しいことでした。

この子にもう一度会ってみたいと思いました。


中高生と日常的に触れあっている友人に

「この間、なんで勉強しなくちゃいけないの?って真剣に聞かれたんだけど、

ちいちゃんだったらなんて答える?」と問われ、

しばらく議論をしたことがあります。


中高時代は、私たちの多くが、

勉強なんかより楽しいことが世の中にあふれていることを知っていて、

アーティスト、デザイナー、スポーツ選手に憧れ、

よかれと思って勉強を勧める親や教師のプレッシャーがストレスになります。


でも、華やかに成功している「憧れのひと」も

実は水面下で必死に水をかいて、我慢も努力もしています。


イチロー選手や中田選手のストイックさにふれた若者は、

自分も練習を頑張ろうと思えるでしょう。


同じように、いえ、それ以上に、

憧れられることの少ないお堅い職業のオトナたちは、

地味な勉強によって手にする夢は最高にクールだと思えるような姿を、

どんどん世の中に見せていってほしいと思います。


坂本龍馬よりもっと身近なロールモデルがたくさん現れたら、

勉強に打ち込む姿をクールだと思える中高生も増えるのではないでしょうか。


勝負どころで頑張るひとがカッコイイんです。



chip


おとといの夜、犬のチップくんが亡くなりました。

15歳の誕生日まであと1ヶ月、わたしの帰国まであと1年

がんばって待ってほしかったけれども、それが叶わなかったことを、

父からメールで知らされました。


大好きな軽井沢で、夕食のあと両親のあいだに

まるまって眠りについてそのまま旅立ったようで、

寝顔はとても穏やかで、やさしくて、しあわせそうでした。


父も「大往生というのにふさわしい静かな旅立ちで・・・

きっと安らかな気持ちで逝けたんだと思います」と書いていました。

置いていかれたほうが、寂しいだけです。



家族のだれかが落ち込んでいると、

しゃりしゃりと足音をさせながら近寄ってきて、ぴとっと寄り添って座って、

普段からたれている耳をもっとたらして、

ときどき上目づかいでそっと様子をうかがいながら、

笑う余裕ができるまでそばを離れない子でした。

何も言わずにできることがこんなにあると、いつも感動させてくれました。


チップくん、どうもありがとう。うちに来てくれて、よかった。