シュガー・ドラゴンのブログ

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少し早めの告知をさせてください。
夏休み、いつもお世話になっているパンチェッタさんの企画で、お子さんを交えた公演に、二週に渡って参加させていただきます。
宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」を題材に、一週目は子供たちと一緒に創作と発表。二週目は、一宮さんが執筆した台本を用いての作品となります。
参加対象の小学生は、広く募集しておりますので、ぜひご検討ください。
 

少し昔の話をさせてください。
十年位前、小学校廻りの劇団に、一年間だけお世話になったことがあります。芝居の勉強にと思って入ったものの、とても厳しく、慣れない歌やダンスにも大苦戦しました。大変なことも多かったですが、芝居に限らず、物事への取り組み方など、沢山のことを教わりました。
自宅でお風呂に入りながら、歌の練習をしていた時のことです。当時、小学校六年生だった娘が、お風呂上がりの私に向かって言いました。

「なんでその歌、知ってるの?」
「今度出るお芝居で使う歌なんだ」
「私も歌えるよ」
「なんでこの歌、知ってるの?」
「一年生の時、歌ったから」

私が劇団にお世話になる五年前、娘の通う小学校で公演があったそうで、娘はその歌を練習していたのです。五年前に、たった一度だけ聞いた歌を、今でも覚えている。子供にとって、芝居に触れることの大きさを、思い知らされてような気がしました。

子供たちの見る力、聞く力、感じる力は、とても鋭敏です。今回の創作と発表の場でも、きっと遺憾なく発揮してくれることでしょう。私も、子供たちから沢山のことを学ばせていただきたいと思います。できるかな?うん、きっとできるんじゃないかな?四十年前の私も、同じような力を持っていて、今はちょっと、忘れてしまっているだけなのですから。

佐藤竜


●夏休み子ども演劇創作プログラム

KIDS LAB “ゴーシュ” 

[日程]
7月28日(日) 14:30

[場所]
下北沢小劇場B1

[構成・演出]
一宮周平(PANCETTA)  

[出演]
公募で集まった小学生20名
佐藤竜

[音楽・ピアノ]
加藤亜祐美

[チケット]
一般前売:1,000円

※全席自由席・完全予約制
※小学生以下無料

[申し込み]

 


●Special Performance

PANCETTA LAB "Gouche"

[日程]
7月31日(水) 19:00
8月1日(木)  19:00 
8月2日(金)  14:00☆/19:00
8月3日(土)  11:00☆/15:00
8月4日(日)  13:00

※3歳から入場可 
※☆の回のみ0歳から入場可、入場無料(WEBサイトにて要予約)
※受付開始は45分前、開場は開演の30分前

[場所]
下北沢小劇場B1

[原作]
宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」

[構成・演出]
一宮周平(PANCETTA)

[出演]
佐々木ゆき
佐藤竜
轟もよ子
一宮周平

[音楽・ピアノ]
加藤亜祐美

[チェロ]
志賀千恵子

[サックス・他]
鈴木広志

[チケット]
一般前売:3,500円/一般当日:4,000円
U22(前売・当日):2,500円(要証明書)
U18(前売・当日):1,500円(要証明書)
小学生(前売・当日):1,000円
親子前売:4,000円/2枚(子ども1人名追加につき+500円)

※親子券の子どもは小学生以下に限ります
※全席自由席

[予約]


[HP]

 

 職場近くの駅の改札、休みの日は、自宅の最寄り駅。いつも改札口の向こうで、待ってくれていました。残業で遅くなった日とか、遊んで帰って来た時なんかも、いつも。ある日ね、終電がなくなって、タクシーで帰った時に、もしかしたらって、駅まで寄ってみたら、やっぱりそう、待っていたんです。もちろん最初はびっくりしたし、周りの人から変な目で見られたらどうしようって、迷惑とまで思っていたんですけど、あの人はね、ただ待っているだけなんです。本当に、それだけ。それでね、なんだかおかしな話なんですけど、いつの間にか、私の方が待つようになっていたんです。あの人が待ってくれているのを、待つ。その先から、いっこうに発展する気配すらなく、お互いに、ただ待つだけ。本当に、ただそれだけ。それだけなんですけど、なんだかすごく、幸せでした。

 待っていましたよ。確かに。家に帰るとね、いつでも待っているんです、何時になっても。それで、私が帰るのと入れ違いで、どこかへぷいと出掛けてしまう。別に、家をのことをするでもなし、飯なんか、もちろん作ってあるわけでもなし、だから相変わらず、しょっちゅう外食でした。そういえば、あいつ、飯とかどうしてたのかな。生活費?もちろん渡しやなんかしませんよ。だって、別に同居人ってわけじゃないんですから。そう、でも、待っているんです。待って、くれているんです。それで別に、なにをするってわけでもないんですけど、なんだろうな。なんか、励みになるっていうか、仕事をね、頑張ろうって気になるんですよ。実際ね、頑張りましたよ。頑張って、出世して、栄転してね。ええ、海外に。それから、それで、それっきりです。あいつ、今頃どうしてるのかな。飯とか、ちゃんと食ってるのかな。

 ああ、彼ね。ええ、ちょくちょく利用させてもらってましたよ。ほら、よく言うでしょう、人を待たせてるって。ええ、そう、まあ、普通なら、断り文句とか、逃げ口上とか、ええ、まあ、そう取られかねない。ところがね、彼の場合、違うんですよ。私がね、ちょっと人を待たせてるもんでって、切り出すと、丁度いいタイミングというか、遅すぎもせず、早すぎもせず、絶妙なところで、手を振ってくるんですよ。通りのむこうとか、歩道橋の上とか、切り出された相手が、確かに誰かいるなって分かるんですけど、じゃあ、じっさい誰なのかってなると、ちょっと掴み切れないというか、それくらいの距離で。それもね、一度や二度じゃないんですよ。仕事の時なんか、あんまり便利なもんだから、日に三度も使ったことがありましたよ。ええ、外回りなもんで。ああ、いつだったかな、ちょっと女性ともめてる時なんかも、利用させてもらいました。当然、示し合せたりなんかしませんよ、全くの偶然。完全にこちらの都合です。ええ、そう、普通じゃないんです。ああ、ごめんなさい、ちょっと人を待たせてるんで。え、特にそれらしい人は見当たらない?そう、今となってはね、この通りです。いやあ、また現れてくれないかな、彼。

 どう、いけるでしょう?ここのうな重。丁寧に下処理してから、一回蒸してある。だからね、臭みとか、余計な脂がない。ああ、驚いた?そう、蒲焼の下に、ご飯を挟んでもう一段。竹とか梅だと、一段だけど、松になると、蒲焼が二段重ねで入ってる。これが本当のうな重ってやつだ。脂っぽいうなぎだと、胃もたれいちゃっていけない。ところが、ここのはペロっといける。なんたって、蒸してあるからね。見物したあとは、ここのうな重を食べて、一杯やって、家に帰る。ああ、贅沢だよ。およそ身の丈には、合っちゃいない。だけど、奴さんを見物した時は、決まってそうしているよ。退屈しないのかって?バカ言うない。下手な芝居なんかより、よっぽど面白れえや。奴さんが、じっと待ってるだろ。改札口の向こうから、あの子がくる。ふっと一瞬、目と目が合う。互いになんにも言わないよ、言わないどころか、顔にも出さない。だけど、キュッと胸が締め付けられているのが、こっちにも痛いほどよくわかる。それこそ、芝居みたいに言いたくなるよ。よ、待ってました、って。だけど、そんな野暮天しない。あとは、黙って、ここのうな重を食う。でもやっぱ、見物できないと、一段おちるな。どう、一杯?え、違う違う、おれ下戸だもん。お茶だよ、お茶。そんならいただく?あ、女将さん、マテ茶、ふたぁつ。

 ようこそ、お待ちしておりました。どうぞ、お掛けください。それで、なんでも人をお探しだとか?その方のお名前は?特徴とか?大体の年齢も?男性ということしかわからない、そうですか。これは?ああ、お探しの方と会われた人達との記録、ですか。なるほど、確かに変わった職業、いや、趣味とでも言うべきでしょうか、とにかく妙な方ですね。ええ、わかりますよ、ご興味がおありなんですね、無理もない。そうですね、確証はありませんが、心当たりはあります。まあ、こんな方ですから、きっと間違いないでしょう。ええ、そうですね、これでもこの道でやっておりますから。無論、教えて差し上げるに吝かではないのですが、いいのですか?いえ、なに、あなたが本当にお探しの方と会われたいのかと思いまして。いえ、会ってみるとね、意外と呆気ないというか、こんなことなら会わずにおいた方が良かったとか、そういう結果になりはしないかと。まあ、いささか老婆心が過ぎるきらいもありますが、商売柄ね、経験から物を申しております。考えてみてください。あなたは、今、お探しの方と会えるのを、待っていらっしゃる。どうですか?この、今までの待っている間、あなたはきっと、生きることに前向きになっていたはずです。でなかったらこんな、一銭にもならない、それどころか、お金と時間をいたずらに浪費するような行いをするはずもない。けれども、あなたはしていた。これこそが、あなたが現在活力に溢れていることの証です。ほう、疑われるのでしたら、どうぞ後ろを振り返ってみてください。ええ、そうです。電話でお聞きした内容から、これはと目星をつけて、予めご足労を願っておきました。さあ、どうぞ。振り返ってみて、ご覧なさい。それであなたはお探しの方と、晴れて会うことができるのです。ただ、いいですか。忘れないでくださいね。それと同時に失ってしまうこともあるのだということを。ええ、そう、そうですね。誰もおりません。でも、いかかですか?あなた、今、安心しましたでしょう?いえ、無理に仰っていただかなくとも結構です。で、どうです?それでもまだ、お探しの方とお会いになりたいですか?そうですか。それでは、今日のところは、相談料だけで結構です。はい、ありがとうございます。ああ、すみません、そろそろお時間が。ええ、次の方もお待ちですから。はい、それでは、どうぞお気をつけて。(依頼人が去り)またのお越しを、お待ちしております。


(終)

 娘が出ていく前、わたしはとっておきの言葉の運びを教えてあげた。女の人をイカらせるための言葉づかいだ。お前の役に立つかどうかはわからない、だってお前たちはそのせいで出ていくんだからな、だが父さんがお前に用意してやれる嫁入り道具はこれくらいしかないんだ。そうわたしは言った。娘には、言わんとすることは伝わった。たぶん餞別とか食費とか、そんなことを言えばよかったのだろう、嫁に出すわけでもなし。運びはぜんぶで十二通りあった。わたしはそれを娘の目の前で、漫談みたいに実演してみせた。それはおもに、言葉を運ぶ速度と力のいれ具合のさまざまな組み合わせだった。意外なくらい、派手な飾りの少ない運びだった。わたしはこれをどさ回りをしているときにマスターしたのだ。速度と角度を急に変える。あるいは言葉の運びを止め、一拍ためたあと、すっと素早く責め立てる──わたしはそれを〝なじり〟と呼んでいた。娘は何度もメモを取りたいと言ったけど、わたしは鼻で笑った。お前、いざっていうときにメモを出すのか。それより覚えるんだ、わたしはそう言って、娘の上面を乾いた言葉で何度もなじった。なんだか稽古をつけてもらっているみたいな気分だった。わたしの言葉の運びはおどろくほど自信に満ちていた。わたしひとりでは、とてもこんなに自信たっぷりと、この言葉の運びをできそうになかった。こうすれば女の人をうんと笑わせてあげられる、と娘は言った。でもわたしは誰かをうんと笑わせたことなんか一度もなかったから、そういう場面になったら娘にもいっしょにいてもらわないと無理だと思った。でもそのころにはもう娘は出ていってしまっているだろうし、どっちみち相手の女の人はピンになってるだろうから、わたしに責められるのはいやだろう。わたしは独りでこの言葉の運びをやらなくちゃいけない。いつ六番めと七番めの運びをやればいいか、自分で決めないといけない。お客さんは、一拍のためでちゃんとしっかり高ぶってくれるだろうか。そしてそのあとの一気呵成の〝なじり〟で、はじけてくれるだろうか。それを見きわめるには、しっかり耳をすます必要がある。息づかいだけじゃない、と娘は言った。瞼の奥のひとみのあたりがこう、うっすら涙ぐんでくるの。その涙が秘密の合図。いま干物みたいに乾いていたと思ったら、次の瞬間には──墨田川が洪水よ!迷っているヒマなんかない、ぐずぐずしてると船は行ってしまう。飛び乗って、とにかく運ぶのよ、前へ、前へ、前へ。
 朝、目をさまして、気持ちを前向きにしようとするたびに、わたしは娘の言ったことを思い出して、とても心強い気分になる。いつか娘も誰か大切な人と出会って子を生んで、そうしたら、娘に教わったことをわたしもその子に教えようと思う。迷ってるヒマなんかない。運ぶんだ。前へ、前へ、前へ。


(終)『動き(ミランダ・ジュライ)』を読んで