大きな男が、大きな木を切って、小さな家を作っている。大きな木を、細く長く、自分の背丈がすっぽり隠れるくらいの杭にして、一本々々、立てていく。杭と杭との間隔が、どんどんどんどん、狭くなってゆき、柱から柵、柵から檻、檻から塀、のようになっている。杭が描く直線は、螺旋を描いて、大きな渦となっていく。螺旋を辿った、大きな渦の中心。大きな男が、最後の杭を──その杭は、男自身だ──いま、打ち終えた。細く長く、自分の背丈がすっぽり隠れるくらいの杭に囲まれた。男は、ずっとじっとしているしかなくなった。仕方がないから、空を見た。
空には鳥が飛んでいた。鳥は虫を咥えていた。虫には翅が生えていた。翅には蟻がついていた。蟻が足を動かした。足は蟻を動かした。蟻は翅を引きづった。翅は虫をを空に舞わせた。虫は鳥を追いかけさせた。空で起こった追いかけっこが、螺旋になって、螺旋は星をとり込んで、大きな大きな星雲になった。大きな星雲のまん中に、小さな杭が──その杭は、男自身だ──ぽつんとあった。男と男は目が合った。ふたりは同時に目を閉じた。男はやっぱり、ずっとじっとしているしかなくなった。けれども、こんどは、怖くなかった。
(終)
さっき、ごはんを食べたのに。それどころか、その前に、おかきを二袋も空けたのに。なのに、今度はピザまで食べようというのか。まあ、奥さんの帰りが思ったより遅くなって、夕飯の時間がずれ込んだまでは、わかる。だけど、それは、奥さんの話だから。あんたまで一緒になって、食べる理由がない。まあ、そうね、一口ちょうだいとか、ここのピザどんなもんだろとか、それくらいのね、味見ていどなら、わかる。でも、それ、八枚切りにした一枚、ピースっていうの?もう、三、四ピース食べてんじゃん。それは、もう、味見っていわない。食事っていう。え、夕飯?ううん、あんたはそれさっき、もう済ませたから。だから、いま食べてるのは夜食。もしくは蛇足。もう充分食ったでしょう。なんならさっき、歯も磨いてたじゃん。明日は早いから、早く寝るんだって。って、なんでまた、おかきの袋、開けるの?
で、なに?結局まだ寝ないの?え、寝れない?知らないよ、子守歌でも歌えってか?冗談じゃないよ。あれだろう、奥さんに、緊張してるの?って言われたの、気にしてるんだろう。かあ、情けないね。いくら明日、初めていく現場だからって、そんなんでいちいち神経過敏になってたら、どうすんのさ。え、なに、一緒に寝てほしい?いやよ、奥さんとこ、いってきなさいよ。あ、こんな時間にいったら、怒られる?じゃあ、もう、ほら、あれでもしたら。え、なに?いやいや、あれったらあれよ、わかるでしょうよ。わかんない?バカだね、ほんとに。自分で自分を慰めてあげるの。そしたら、すっきりして眠れるから。いや、本当だから。それ、本能だから。はい、早く。立てるもん立てて、開くもん開いて。さあ、おかきなさい。え、そんなこと言われたらできない?なに言ってんの、今だって似たようなこと、やってんでしょ?さ、早く。鉛筆立てて、ノート開いて。さあ、おかきなさい、日記。
(終)
知った顔に会いにいく。知った顔と会うことは、前もってわかっているわけだけだから、自分はあらかじめどんな顔をすればいいのか、決めておくことができる。ところが、不意に出会う知った顔、つまり会う予定のない人とばったり出くわしてしまうと、こちらとしては泡をくってしまって、どういう顔をすればいいのか、わからなくなってしまう。いわゆる、会わせる顔がない、というやつだ。いや、そうなのか?ともかく、突然、なんの前触れもなしに現れた知った顔に、おどおどするばかりなのである。そのうえ、むこうが訳知り顔でいたりすると、こちらはますます顔を歪めことになる。
一番困るのは、むこうさんが、あなたは当然わたしのことを知った顔ですよねという顔をして近づいてくるのに、こちらはむこうをまったくもって知らない顔であった時だ。なんか、もう、袋の中の鼠というか、まな板の上の鯉というか、こちらの手の内は全部知れてしまっていて、なにをやっても歯が立たない、寝耳に水のところに、立て板に水でくるから、焼け石に水なのである。
それとは逆に、こちらとしては間違いなく知っている顔のはずなのに、むこうからは知らん顔をされてしまうのも、それはそれでつらい。え、そんなはずないでしょう、ほら、あの時あった、俺ですよ、俺。と、いくら視線で訴えても、まったくなしのつぶてである。え、なしだよ?なしのつぶてだよ?漢字で書いたら、梨の礫だよ?梨が礫になってんだよ?気づかないわけないでしょ?あんなでかくて固いもん、投げつけられて。そこまでして知らん顔したい?え、そんなに嫌われてる?うっさい、バーカ、おたんこなーす、お前なんて、豆腐の角に頭ぶつけていっちまえ!なのである。
と、まあ、いろいろ書きましたが、別にわたし、その人のことが嫌いなわけではないのです。ただ、人と会うこと、それ自体が嫌いなのです。そのくせ、自分のことは知ってもらいたいし、目立ちたいとも思っているのです。ね、どんな顔していけばいいか、わからないでしょ。つまり、会わせる顔がないのです。いや、そうなのか?
(終)


