私がまだ中学生だった頃―。

 

 それなりに本を読んではいましたが、ジャンルはだいぶ偏っていました。

 ‥‥‥まぁ、今も充分に偏っているのですが、やっぱりファンタジー系が多かった気がします。

 

《指輪物語》を読破したのも、この頃だったと思います。

 

 ハイ、《指輪物語》です。私のような古い人間は、《ロード オブ ザリング》なんて呼ばないんです真顔

 

 世界三大ファンタジーに数えられる本作ですが―、

 翻訳の方も"ファンタジー”という点を意識してか、がっつり子供向けの文体なんです。しかし、そもそも各巻が上下巻に分かれた三部作(計六冊)という大ボリュームでして―。

 

 文量がまったく子供向けではない笑い泣き

(なので"読破”と書きました)

 

 でも、とても面白かったです真顔

 ※

 それから、栗本薫先生の《グインサーガ》シリーズにハマリ、50巻くらいまで読んだりしていました。

 ※

 当時の私は、田舎の小さな書店には入荷しない雑誌を、毎月購読しておりました。

 国内は元より、海外のファンタジー作品やゲームなんかを扱っていたマニアックな雑誌でございます。

 

 そして、その中の広告に、こんな本がありました。

 私は「この雑誌に広告を載せているのだから、やっぱりファンタジー系の本だろう」と勝手に思ったんです。

 

 "魔術館”ですから、小狡い魔法使いとかが登場するのだとばっかり‥‥‥。

 

 しかし、この本における魔術とは―

 マジック=手品でございました。

 

 つまり―

 登場するのは、同じ"マジシャン”でも、魔法使いではなく、手品師真顔

 

 ※※※※

 

 とあるパーティーで出会った老作家と女性編集者―。

 

「先生は、奇術がお上手だとおうかがいしまして―」

 

 そう言われた作家は、いやいやと手を振り―、

 

『私は奇術が上手とかではなく、奇術の大家なのです』

 

 そろそろパーティーも引ける頃でしたので、老作家は『それなら幾つかご覧に入れよう』と編集者を自宅に招くのです。

 ※

 編集者から、自宅を"豪邸”と呼ばれまんざらでもない作家は、広ーい敷地を案内します。

 

 そこには三つの建屋があり、その内一つはなんと、手品専用だというのですニヒヒ

 様々な小道具や大仕掛けを保管し、楽屋や舞台だって備えています。

 

『まずは前菜として、簡単なモノにしましょう』

 

 そうして、やって見せたのは、燃えさしのマッチに鼻の脂をつけ再生させるというモノ―。

(色々と時代を感じますが、なんせ古い時代のお話でございます)

 

 ―ここで、この簡単なマジックの種明かしをするのが、本書のキモでございます。

  他にも、カードやロープを使った簡単な手品と、それらの種明かしをしていきます。

 本文は、基本的に老作家と女性編集者の会話だけで構成されております。

 飄々としつつも、若い女性といるのが楽しい様子の作家と、時に小声で毒を吐く編集者のやり取りは実に軽妙です。それに手品の部分は、ちゃんとイラスト付きで説明されています。

 

 まぁ、本作は書かれたのが1983年ですので古い手品ばかりですが、作中にこんな記述があります。

 

「価値のある物を、ないように偽装させる。確か、先生の小説にも同じ発想が使われていたことがありましたね」

 

『‥‥‥あなたは、中々鋭い観察をしますね』

 

「結局、原理的には同じトリックでも、ちょっと使い方を変えるだけで、同じ人を何度でも欺せるわけですわ」

 

『その通り。探偵小説でも、もうトリックは出尽くしてしまった。新しいトリックなど残っていない、などと言う事が、黄金期ににもう言われています。確かに原理的には新しいトリックは考えだし尽くされていることは間違いないでしょう。だからといって、探偵小説はこの先も読者を欺し続けて、亡びることはないと思いますね。問題はトリックの使い方にあるのです』

 

 ※※※※

 

 こんな事を仰っている泡坂妻夫先生―。

 

 後に、泡坂ミステリーに文字通り"幻惑”される私ですが―、

 

 その作品との出会いは、内容を誤解して買ったこの『魔術館の一夜』が最初でございました真顔

 

 泡坂妻夫先生は実際に奇術への造詣が深く、それらをテーマにしたミステリーも書かれていますし、数々のマジックを考案されてもいます。

 1969年には、創作奇術に貢献した人に送られる《石田天海賞》も本名で受賞されています。

 

 明日は、そんな"二つの顔”を持つ泡坂妻夫先生の、"もう一つの顔”が垣間見えます直木賞受賞作をご紹介いたします。