今回も北村薫先生の『語り女たち』より、不思議なお話を2つ―

 

『歩く駱駝』『眠れる森』

北村薫著

新潮文庫

「語り女たち」収録 

 

 

 とある資産家の男が、市井の人々から不思議な体験談を聞くお話でございます。

 

 空想癖のある彼―、

 

「それなら、アラビアンナイトよろしく"語り女(かたりめ)”を募ろう」

 

 となったわけでございます真顔

 

 ※※※※

 

 やって来たのは、休暇を取って中近東へ言ってきたと言う女性―。

 

 暑さやムスリムの風習など、異国情緒を楽しみつつ、砂に埋もれていた大遺跡を観光した折の事―。

 

 ※※

 

 そこは、もうすっかり観光地になっていて、お土産屋さん沢山もありました。

 その中で、私が目に留めたのは砂絵でした。

 

 それもガラスの瓶の中に砂を落として描いたモノ。

 職人達は器用に色のついた砂を落とし、風景や動植物、アルファベットなど形作っています。

 同じツアーでいった人達の中には、それらを買い求める人達もいました。

 

 私は自由時間に付近を散策し、地元の人がやっているお店を見て回る事にしました。

 そこでふと、同じ様な瓶をを売っている露天を見つけたのです。

 

 ただ、砂絵の出来映えは先程のモノより若干劣っているようでした。

 

 色も少ないですし、そもそも砂が違うのか綺麗というよりはどこかネットリとした色合いなんです。

 通訳の方を交えて交渉し、思いの外安かったその砂絵を私は買うことにしました。

 

 ちょっとゴツゴツした感じの駱駝が、妙に気に入ったのです。

 その時、店の主は何事かを言いました。

 

「ちょっとよく解らないんだけど、"歩く駱駝と歩かない駱駝のどっちがいい?”って訊いてる」

 

 そう通訳してくれた方も怪訝な顔です。

 私は何となく《出来映えの事を言っている》のだと思い、答えました。

 

『歩く駱駝の方をお願いします』

 

 ※

 

 旅行から戻っても、その砂絵の駱駝は手元に置いておきました。

 

 ある時、ふと部屋の中でサクッと砂を踏むような音が聞こえました。

 

 気のせいだと思っていたのですが、それからも度々―、

 

 帰宅した時にサクッ―。

 

 夜中にサクッ―。

 

 

 

 何度目の"サクッ”の後―、

 まじまじと見てみると少し瓶が膨らんでいるいる気がする‥‥‥いや、駱駝の足がくの字に曲がっている!?

 

 それからある日、帰宅しドアを開けるとまたサクッと音がしました。意を決して瓶を見ると―、

 まさに駱駝が足を降ろす瞬間でした。

 

 しばしの硬直のあと、恐る恐る瓶を手にし照明の下へ持っていった時―、

 

 急に砂の中に甲虫の脚のようなモノが見えて、瓶を落としてしまったんです。

 

 ※※

 

 私の質問に彼女は答えた。

 

『床に散らばった砂の中にそんな虫はいませんでした』

 

 ややあって、私は口を開いた。

「瓶が割れて、砂はただの砂になったのでしょう小さな駱駝は空でも飛んで砂漠へ帰っていったのでしょう」

 それを受けて彼女は―、

 

『今頃はインド洋辺りでしょうかね』

 

『歩く駱駝』

 

 ※※※※

 

 これはメルヘンなのか‥‥‥でも、甲虫の脚ですからねぇ。

 たぶん、トゲトゲしていて先っぽに二本の鉤爪があるヤツですよゲッソリ

 

 お次は―

 

 ※※※※

 

 表情の冴えないその女性は言った。

 どこかぼんやりした雰囲気の彼女―。

『不眠症画家の展覧会―というのに、行ってきたところです』

 

 ※※

 

『それらの絵は、私には恐ろしいモノに見えました』

 

 何でもない青磁の器や、海辺の風景が、その画家の筆にかかると"この世のモノではない何か”に感じられるのです。

 

 鑑賞を終えた私は、地階にある喫茶室へ向いました。

 実はそこで知人の女性と待ち合わせていたのです。

 

 それぞれの展覧会の感想は、真逆でした。

 

 怖さや不安を感じた私と「見ていてどこか落ち着く」という彼女―。

 

 しかし一致した事もあります。ソレは―、

 

『不眠症の人が見た夢みたい』

 

 

 

 不意に彼女が切り出しました。

 

「あの画家が生まれ育った国に、自分は居たことがある」

 

 その東欧の小国にある大学で、日本文化を教えていたという彼女―。

 そこの教授の口添えで"禁忌の場所”へ連れてもらったと言うのです。

 

 ※

 

 厳重に警備されたその森で、ガスマスクを手渡されたという彼女は、草むらに横たわる小鳥を見つけます。

 その内、彼女自身も朦朧としてきて、それを察した教授のお陰で事なきを得たそうですゲッソリ

 

 ※

 

「あの森の木々は、自然に生き物の眠りを誘うのです。しかも、それは時をも超える安らかな眠り―」

 

 教授はそう説明したそうです。

 

 捧げるようにした手のひらから、最前の小鳥が勢いよく飛び立ちました。

 

「厳しい労働よりも、安らかな眠りを求めるのは必然ですから」

 

 

 

「だから、禁忌なのよ」そんな言葉で結んだ彼女は―

 

「あの画家の生地はその森のすぐ近くなの、そこから離れたから彼はきっと‥‥‥」

 

 彼女が一枚の葉を取り出して‥‥‥私の意識が途切れました。

 

 気が付けば彼女の姿がありませんでした。

 ‥‥‥そもそも、彼女が誰だったのかも私には―。

 

 ※※

 

 私はそこで目を覚ましました。気が付けば彼女の姿はなく、小さな葉っぱが一枚。

 

 これを手にするとたぶん、また私は眠りに‥‥‥。

 

『眠りの森』

 ※※※※

 

 "夢落ち”ってのはありますけど―、

 

 これは"寝落ち”とでもいいましょうかね真顔