様変わりした朝廷とそれに抗う男達―。
そしてー
「孤鷹の天 下」
澤田瞳子著 徳間文庫
(355頁)
そんな時代を生きる女達―。
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上巻のレビューでは後半をだいぶ端折りましたので、どうやって繋げていけばよいのかわかりません
ただ下巻では、大納言・藤原永手(ナガテ)を伯父に持つ、広子(ヒロコ)が割とフィーチャーされています。
なお、主人公で彼女の元従者・高向斐麻呂(タカムクノイマロ)は、政変後の要人暗殺未遂事件に絡み行方不明になっています。
上巻の冒頭では12歳だった広子も14歳になり、既に宮中に出仕しています。
※※※※
反対派を粛清した阿部上皇(孝謙上皇)は再び天皇となり(→称徳天皇)思うままに(というか気まぐれに)政治を行っています。
血縁上は阿部天皇派という事になっている広子ですが、反対派に組みした斐麻呂をとても心配しています。
―彼女は幼馴染み同然の斐麻呂の事を憎からず思っています。ただ、ストーリー展開が主従がどうとかのレベルではなくなっちゃまして‥‥‥。
※
ある日、広子の元へ、憔悴(しょうすい)した役人が尋ねてきます。
彼は紀益麻呂(キノマスマロ)という名前ですが、元々は赤土(アカツチ)という名の奴緋(=奴隷)でした。
赤土と彼の一族は阿部上皇の人気取り政策によって奴隷の身分から解放され、なおかつ高い身分を与えられていました。
「広子様、どうか私の妹の益女(マスメ)をお救いください」
この益女は、例の要人暗殺未遂事件から巡る因果の果てに無実の罪で捕縛されました。
―聖武天皇の娘である阿部天皇には子供がいません。そしてこの度の即位の折にも、皇太子を決めませんでした。
次代の天皇の座を巡って、和気王(ワケオウ)という不人気皇族が陥れられ、益女はその道連れにされてしまったのです。
「あの女こそ、阿部天皇を呪詛していた張本人だ」
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当然、この事件は宮中どころか、都中が知っているスキャンダルです。巷間では、益女は和気王の情婦であったとも言われています。
(なお益女は、その辺はとってもおおらかでした)
当然、広子はそんな大罪人の助命を請うなどというリスキーな事はしたくありません。
彼女自身は阿部天皇派とか反体勢派とかどうでも良くて、とにかく元の穏やかな寧楽(奈良)にもどって欲しいのです。しかし―。
「お願いいたします。広子様、益女のお腹には斐麻呂の子おります」
(ナニッ!?)
心中穏やかではない広子ですが、彼女はそういう感情を脇における知性を持ち合わせていました。
知恵を絞り、様々なツテを頼り、最後には「勝手な事するんじゃねぇ」と怒鳴り込んできた伯父・永手をも丸め込んで、益女の―というかお腹の子の―助命に成功します。
獄中の益女と面会した広子は、その責めさいなまれた姿に絶句します。巷説に言う"相当な美形”の面影は豊かな黒髪しかありません。痩せて、産み月を迎えたお腹だけ大きな益女は、「おそらく子供は女の子で、玉女(タマメ)と名付けたい」と言い残します。
無事に女の子を出産した益女は、すぐに流刑に処されました。
(なお、この場合の流刑は、暗にその途中で殺される事を意味しています)
※
玉女を屋敷に引き取った広子は、父親・斐麻呂を見つけるべく、赤土と探索を開始します。
さしあたって、大学寮(官僚の養成所みたいなモノです)で斐麻呂達の指導にあたっていあ巨瀬嶋村(コセノシマムラ)の隠遁先を訪ねたのですが―。
嶋村は、「斐麻呂は淡路島に潜伏する反体制派のため、各地をスパイをしている」という憶測を述べました。
嶋村が斐麻呂に出会ったのは偶然出向いた紀伊でした。
そこは近々阿部天皇が行幸(みゆき:御所を出て地方へ赴くこと)すると言われている場所なのです。
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嶋村の教え子達や、阿部天皇の政治姿勢に見切りをつけた者達は、淡路島に幽閉されている先帝・大炊帝(淳仁天皇)の奪還&挙兵を画策していました。
しかし勿論、これは勝ち目のない戦です。
ただ、かつて彼等に"義”を説いた嶋村は、自分こそ"彼等の信ずる義”を認めてやらねばならないと考えていました。
「そ―そんな理由で、嶋村どのは斐麻呂を諫(いさ)めようとはされなかったのですか」
思わず知らず責める口調になった。赤土がおい、と肩をつかむのを振り払い、広子は声を荒げた。
「かような無謀に加担せよというのが、大学寮の教えなのですか。皆様が帝を恨み、義なき者とお思いなのは当然です。されどせっかく落ち着いた世を再び乱し、人心を荒廃させる。それが国のためになるのですか」
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その後、斐麻呂は大炊帝より、伊勢に幽閉されている娘・山於(ヤマオ)の奪還を命じられます。そして淡路島では、阿部天皇の行幸の隙をついて反体制派が挙兵します。
そこには、広子を出し抜き駆けつけた赤土の姿もありました。
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なお、まんまと捕縛された斐麻呂は山於と共に阿部天皇の前に引き出されてしまいます。
この、先帝の娘・山於VS阿部天皇の舌戦もまた、本作の見所の一つかと思います。