シリーズ3作目でございます。
「アンと愛情」
坂木司著 光文社文庫
(465頁)
健気な主人公・アンちゃんこと、梅本杏子(ウメモトキョウコ)が奮闘する姿がひたすら楽しいシリーズでございます。
1作目、高校を卒業したてだった杏子は、本作で成人式を迎えました。
色々ありまして、杏子はデパ地下にある和菓子店《みつ屋》でアルバイトをしています。
個性的で優しい《みつ屋》の面々に支えられ、同じ" チームの一員”として成長してきた杏子―。
今回は、杏子がまた一つ"働く事の大変さ”を知る『こころの行方』をちょっぴりご紹介―。
※※※※
『なんか最近、若いお客さんが増えたなぁ』と思っていた杏子―。
元々、デパ地下という特性や、"和菓子(上生菓子)=お茶会なんか供されるモノ”というイメージからか、お客さんの年齢層はちょい高めでした。
しかし、このところ、どんどん新しいデザインも出てきていたりして―。
『業界的にも、ちょっと風向きが変わっているのかも』
※
そんなこんなで迎えた2月―。
デパートという業態では切っても切れない商機の到来でございます。そして、今回は1階の催事場に設けるバレンタイン特設ブースに《みつ屋》も参加する事になりました。
当然、その間も地下のお店は通常営業ですから、明らかに人員が足りなくなります。
―《みつ屋》東京デパート店は目下、才色兼備のスーパー店長・椿(ツバキ♀)と、職人志望のイケメン・立花(タチバナ♂)の社員2名と、アルバイトの元ヤン大学生の桜井(サクライ♀)と杏子の計4名で回しています。
そこで本社へ「催事の得意な若手を―」という要請をし、やって来たのが桐生(キリュウ)というまだ若い女性でした。
彼女の一挙手一投足に思わず見とれてしまう杏子―。
接客をこなす為のスペースの確保や、呼びかけの声量等々―。
何から何まで、杏子とは雲泥の差なんです。
―この桐生さん、「使えるスタッフしか雇わない」という空港店から来た、言わば"精鋭”なんです。
※
その迫力に半ば気圧されていた杏子は彼女から、「地下へ戻ってください」と言われてしまいます。
杏子はショックを受けましたが―、
『そもそも彼女は社員で先輩なのだから』と気持ちを切り替えます。
夕方、桐生は杏子に1階での言動を謝ります。
彼女は、空港店でも"一生懸命なあまり言動がキツくなる”事を度々指摘されていたのです(基本、良い子なんです)。
実は同い年であった事もわかり、杏子は『こちらこそ、厳しく指導して欲しい』と頭を下げるのです。
その後、店長の椿から「1階は軌道に乗ったみたいだから、桐生さんは地下へ入ってみて―」とのお達しがあります。しかも―、
「今度はアンちゃんが、色々教えて上げてね」
(!?)
※
―ここで、今回のお話の核とも言える和菓子が登場いたします。
それが《懸想文(けそうぶみ)》という手紙を模したお菓子でございます。
"懸想”ですからラブレターの事でして、その昔、貴族がラブレター代筆のバイトをしていたと言う由来があるのでございます。
『平安時代なんかは、文字を書ける人はみんな身分の高い人でしたから変装をして、なんなら覆面で顔を隠していたそうです』
馴染みのお客さんにそんな説明した杏子に、桐生は素直に感心します。
―これは販売用(従業員向け)の説明書きに書かれていない情報でした。
杏子は『せめて椿や立花の足手まといにならないように』と、知らないお菓子については、常にネットで勉強しているのです
しかし、桐生はそのすぐ後で―、
「お菓子の知識は確かに素晴らしいと思います。しかし話が長すぎます」
てな具合に、桐生から他にも数々の指摘を受ける杏子
しかも、それらがいちいち当てはまっちゃう
ぐうの音も出ない杏子を尻目に、桐生は「そろそろ、自分を(本来の仕事場である)1階へ戻して欲しい」と椿に申し出ます。
地下ので仕事について「十分に学びました」と応えた桐生に椿は「アンちゃんの仕事ぶりはどうだった?」と尋ねます。
「話が長くてお客さんを沢山逃しています。あれでは効率が悪いですし、声がけも足りません」
「それは、本当にアンちゃんの短所かしら?」
それから、椿は杏子に向き直り、桐生について同様の質問をします。
『とにかく、仕事が早くて声も届きます。お客さんを逃がしません』
「そうね、でもそれは本当に長所かしら?」
※
椿は二人に宿題を出します。それは―。
「ラブレターを代筆していた貴族が、変装をし、何なら覆面までしていた理由―」
※※※※
なんとか"正解”に辿り着いた二人に椿が言及したのは―、
二人の仕事に欠けていたモノ
まさに、"スパー店長ここにあり!”という場面なのですが―、
本作の最後で、この椿が新たにオープンするお店へ異動となる事が明かされます
※
ちなみに―、
私はこのお話に登場した一生懸命すぎる桐生さんが、結構好きです
いつか、共に成長した2人を見てみたいとも思いました。