東野圭吾先生の初期短編集でございます。
「犯人のいない殺人の夜」
東野圭吾著 光文社文庫
(336頁)
単行本として発売されたのが1990年―。
その当時、"いやミス”なんて言葉はありませんでした。
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7つの短編が収録されておりますが、その殆どの後味が―
苦~い
ただ、それら全てをかっさらっていくオチの切れ味が凄い
言ってみれば、それこそが東野圭吾先生でございますよ。
表題作の「犯人の~」は流石の仕上がりなのですが、今の私の趣味からは外れる構造をしております‥‥‥そこで、今回は出だしだけ甘酸っぱい(笑)「踊り子」をちょっぴり―。
※※※※
水曜日は夕方の6時から8時まで英語の塾へ行っている孝志(タカシ)。
塾は家から徒歩で30分の所にあるですが、ここ最近は少し帰宅時間が遅くなっていました。
『塾が終わっても、先生に質問する子がいるんだ』
何気なく尋ねた母親にそう答えた孝志ですが、それは嘘―。
実は、とある女子校の体育館へ寄り道していたのです。
そこは地元では知られたお嬢様学校で、孝志の通う中学からも毎年数名徒が進学しています。
水曜日の塾の帰り道、その体育館からピアノの音が漏れ聞こえてきたのです。
時間も時間ですから、体育館の明かりは殆ど消えていました。
その音色に誘われるように、孝志は敷地へ入りボンヤリ明かりの灯った一角を覗き見ました。
中では、ジャージ姿の少女が新体操の練習をしていました。
そのしなやかな体に光る汗、陶器のような肌と、それ以上に白い歯―。
その日、孝志は―自らが女子校に忍びこんでい居るのも忘れ―15分もの間、彼女に見とれていました
それから毎週、孝志は英語の塾の帰りにその体育館へ忍び込み、彼女が一生懸命練習する様を眺めているのです
中学2年生にとって高校生のお姉さんは、どうにも遠い存在―。
孝志は思いを募らせるばかりで、あの少女に声を掛ける事が出来ずにいました。
※
孝志は水曜日の英語の他にも塾に通っていますし、金曜日には数学の家庭教師も来ます。
かれこれ1年以上の付き合いになるその黒田(クロダ)という大学生は、孝志の異変に気が付きます。
「何を言ってもうわの空だなぁ」
事の子細を打ち明けた孝志は、黒田からアドバイスを貰います。
つまり―
「アタックあるのみ」
「練習が終わって出てきた時に、声をかければいいんだ。男だって女だって、応援されて悪い気はしないものさ」
訳知り顔で応えた黒田に、孝志は『先生もその方法で成功したの?』と尋ねます。
「俺は、それに引っかかったんだよ」
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孝志は考えた末、スポーツドリンクに『いつも練習を見ています。あなたのファンです』という手紙を添え、体育館の玄関に置いておくことにします。
しかし、次の週に見た少女に変化はありませんでした。
(続けていれば、彼女もきっと気になるはずだ)
その翌週、翌々週と同じ事をしたのですが、やっぱり脈はナシ。そして、次の水曜日―。
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「あら、今日は早かったのね」
そんな母親の声を適当を聞き流し、孝志はスポーツドリンクを手に自室へ戻りました。その日、あの少女は体育館に現れなかったのです。
(‥‥‥気味悪がられたのかも!?)
※
季節が変わり、それからもあの少女が体育館へ練習をしにくる事はありませんでした。
しかし孝志は、遊びに行った塾の友人の家であの少女の手掛かりを掴みます。
見せて貰っていたアルバムに紛れ込んでいた、一枚の写真―。
友人の姉のモノだという、その中にあの少女が居ました。
結果、大まかなながらも少女の住所を知った孝志は『手紙をかいてみようかな』と黒田に相談します。
ハッパを掛けた手前、黒田も孝志の恋の行方を気に掛けていました。
「あの高校なら卒業生が知り合いにいるから、まずはそれとなく調べてみよう」
そう請け負った黒田ですが‥‥‥。
※※※※
彼は、孝志にずっと嘘をついていく事になります。
何故なら、孝志に教えるにはあまりに酷な顛末が‥‥‥。
勿論、こちらの想像を軽く超えてきますよ―、
東野圭伍先生ですもの
そして―、
だからこそ、孝志君が不憫でなりません
※
収録されているどのお話も、本当に上手いんです。そして、嫌~な余韻が残ります。
‥‥‥でも、やっぱり上手いが勝っちゃうんですよねぇ。