ちょいと視点を変えた大仏建立の物語でございます。

 

「与楽の飯―東大寺造仏所炊屋私記

澤田瞳子著 光文社文庫

(375頁)

 

 

(副題は"とうだいじ・ぞうぶつしょ・かしきや・しき”です)

 

 いやぁ、面白かった!

 今回はもう、ひたすら賛辞の言葉を並べ立てて1500字のレビューを終わりたいくらいです。

 ‥‥‥ただ、私はそこまでの語彙を持ち合わせておりませんので、何とか切り貼りしてご紹介したいと思います真顔

 

 ※

 

 とにかく、奈良時代に関する知識が乏しいんですよね、私―。

 

 本当に数十年前の受験勉強で止まっております。

 

 パッと出て来るのは「墾田永年私財法」くらい‥‥‥リズムが良いからかな真顔

 

 そして大仏建立と言えば―。

 

 聖武天皇、鎮護国家、行基、東大寺、国分寺‥‥‥そして開眼会は「カイ"ゲン”エ」と読む‥‥‥。

 

 大仏建立の詔(みことのり)から9年、起工(着工)から5年の歳月をかけ、延べ26万人余が動員された一大プロジェクトでございます。

(ザックリ調べました)

 

 ※

 

 解説で西條奈加先生も書いておられますが、本作はこの巨大プロジェクトをドラマティックに描いたモノではありません真顔

 

 近江の国から3年間の仕丁(しちょう:労役義務)によって奈良の都へやってきた真盾(マタテ)という青年が主人公です。

 彼の視点で、具体的な大仏の制作過程と、日々の出来事なんかが描写されていきます。

 

(今回はお話を一つに絞らず、各人物やその印象的な台詞を中心にご紹介しようと思います)

 

 ※※※※

 

 東大寺造営の現場では、○○所と形でそれぞれの作業が分担されております。

 真盾が配属されたは、正に大仏を作る"造仏所”でした。高所作業や鋳物作業のある、危険と隣り合わせの現場です滝汗

 

 ただ、この造仏所には他の作業所にはない"特典”がありました。

 それが造仏所炊屋(かしきや:食堂)にいる宮麻呂(ミヤマロ)という料理人の存在―。

 

(なんだ雑飯か)

 ここは天下の造仏所。きっと真っ白な飯が食えると思い込んでいただけに、少しあてが外れた気分で飯を盛る。さりながらなみなみと注がれた汁を一口すするなり、真盾は思わず、

「うまいッ」

 と大声を上げた。

 

 干したキノコと青菜が入っただけのスープなんですが、キノコの風味が濃厚で滋味に満ちた味なんです。

 

 それぞれの現場に炊屋はあるのですが、同じ代金(米4合)を払うならと、宮麻呂の料理目当てに、わざわざやって来る者も多い真顔

 

 この宮麻呂という男、制作中の大仏の目と鼻の先で働いておりながら、その加護や救済には否定的な発言ばかり。

 

 しかしその彼自身はというと、真盾のような労役者だけではなく、瀕死の病人や東大寺の奴婢(ぬひ:奴隷)の分まで食事を作る人物―。

 

 ―この、巨大だけれども本当に国や民を救うかはわからない大仏と、美味しい飯を作る事で目の前の人達を確かに救っている宮麻呂との対比が、実に見事だと思います。

 

 

 

 造瓦所炊屋を任されていた秦緒(ハタオ)という男は、かの行基に心酔し"少しでもお力になれるのなら”と、不自由な足を引きずって料理を作っていました。しかし―

 

 その彼の作る飯がとっても不味いゲッソリ

 

 そんな彼が巻き起こした"ある事件”の後、造仏所炊屋の雇女(やといめ:女性従業員)がこんな事を言います。

 

「あたしや宮麻呂はいま、作業場で働く仕丁や役夫たちの腹を満たすためだけに飯を作るの。それが御仏のため、行基さまのためになるなんてのは、あんたの思い上がりよ。働く男たちの腹を満たすことのほうが――一膳の飯、一椀の汁を拵(こしら)えるほうが、仏さまを造るよりもずっとずっと大事な事なんだから」

 

 後に宮麻呂を手伝う事になる秦緒は、それまで欠かさずに行っていた日に三度の大仏礼拝をやめるのです。

 

 ※

 

 ―作中では、当時では当たり前だった偏見や身分差も描写されています。

 

 奴婢は、額に焼き印が押され、日に一度の食事も牛馬の飼料という、まさに家畜同様の扱いです。

 ただ、作中に登場する奴婢達は"東大寺の所有物”という自らの立場を逆手にとって強(したた)かに生きています真顔

 

 ―官と民の差は当然ありますが、その他に中央と地方の差もまた存在します。

 

 この時代、東北地方はその地域並びに住まう人達も、まとめて蝦夷(えみし)と呼ばれた辺境です。

 そこから徴発された乙虫(オトムシ)という大男は、その生まれと強い訛(なま)りのお陰であらぬ疑いを着せられてしまいます。

 

 それらを解決するのもまた宮麻呂―。

 乙虫の言葉を聞き分けた彼は「全国から来る男達の言葉を聞いているから、自然と判る」というのですが‥‥‥。

 

 ―この宮麻呂の出自もまた、物語の重要なポイントとなっています。

 物語後半には、民衆から"大徳”と崇められている行基も登場しますが、なんとその側近が宮麻呂と旧知の仲なのです。

 

 そんな謎多き天才料理人・宮麻呂の言葉を、最後にご紹介いたします。

 

 これは「仕丁の務めは何か?」と問われた真盾『造仏です』に、返す刀で発したモノでございます。

 

「よいか、よく覚えておけ。仕丁の務めはただ一つ、労役を終えて、無事に生きて郷里に帰ることじゃ」

 

(書き切れなかったので、木曜日に"はみ出し”を書きます)