ある意味予想通りでもあり、予想を裏切られもしました。
「和菓子のアン」
坂木司著 光文社文庫
(393頁)
冒頭、高校卒業を控えた梅本杏子(ウメモトキョウコ)は、街頭インタビューで将来の夢を聞かれ、困惑してしまいます。
なぜなら、なーんにも無いから
実際の所、大学や専門学校へ行く友人達とは違い、進路すら決まっていないのです。
本人もこのままじゃ駄目だと思ってはいるのですが、いかんせん、やりたい事が見つからないのです。
そんな杏子の人間性を顕わしていいるのが、「"それなら取り敢えず大学へ―”というのも、軽くない負担をかける両親に申し訳がない」という考えです。
※
主人公の杏子は、ポッチャリ目の外見にコンプレックスを持っています。
同様に"自分は何も知らない”という事や、進学や就職をしない事にも引け目を感じています。
ですが、全ての物事には裏と表があります。
杏子がアルバイトすることになるデパ地下の和菓子店《みつ屋》でも、明るく元気な彼女はとても可愛がられます。
そして、彼女の思う"自分の将来”についても「両親に経済的な負担を負わせながら」よりも「自分で働く中で」を選択しています。
これはいわゆる"世間一般”からは外れるかもしれませんが、非常に合理的な思考で
ございます。
店長である椿(ツバキ)はるかは、事あるごとに杏子にハッキリ「賢い」と言っています。
※
本作は連作短編集となておりまして、ミステリーのジャンルとしては"日常の謎”という事になろうかと思います。
ですので、物騒な事件は出てまいりません。
そして特筆すべきは、主要メンバーから、サブキャラクターまで全て個性がハッキリしています(し過ぎなくらいです:笑)。
杏子が働く《みつ屋》の面々に至っては、皆二面性を持っています。
美人で仕事が出来て、その上"探偵役”までこなす店長の椿は、株のトレーディングを趣味にしていまして、その最中には彼女の内にある"オッサン”が覚醒します。
《みつ屋》の社員で、職人志望である立花早太郎(タチバナソウタロウ)は、これまたイケメンで、知識から客対応から完璧な青年なのですが、心は"乙女”です(なお、性的嗜好はノーマルです)。
そして杏子と同じアルバイトで、少し前に入店した大学生の桜井(サクライ♀)は、現在の可愛らしい見た目に反し"武闘派の元ヤン”です。
※
こんな具合に、キャラの立った布陣によるコメディー強めの物語でございます。
奥深い和菓子の世界と、デパートという特殊な業態に触れる事の出来るお仕事小説でもあります。
特に杏子が失敗や挫折を経験しながらも延び延びと成長していく姿は爽やかで好感が持てます。
ハッキリ言って―
《みつ屋》の皆から"アンちゃん”と呼ばれるようになる杏子がとても可愛いんです。
健気で、一生懸命で、いつもホッペをぷにぷにつままれる様も含め(笑)、とにかく愛おしい
‥‥‥ただ、お話については、個人的には"ちょっと惜しい”
ミステリーって、テーマにしたい謎を"核”としてストーリーを組み立てる場合が多いと思うんです。
あくまで個人的な感想にはなるのですが―、
その"核”とお話が馴染んでいない気がするんです。
"この謎有りき”で作ったのが露骨に見えてしまいまして、その辺をカバーしているのが、各キャラクターの個性といった印象でした
謎の解決が、探偵役の能力にかなり依存していたり、キーマンが"いくら何でも”な事を言ったり‥‥‥。
お菓子で言うなら、生地から餡子(謎)がはみ出しちゃっているんです。
ですからどうしてもお菓子全体(ストーリー)の印象が良くなかったんです。
繰り返しますが、あくまで"個人的に”です
それに餡子がはみ出していても、美味しいモノは、美味しい!
もっと言えば、そんなの気にならないくらいにこの"物語の餡(アンちゃん)”は素敵です。
そんな訳で(個人的に書きづらいので)、今回お話を詳しくご紹介する事はいたしません。しかし、お仕事小説としては爽やかで、何より和菓子について楽しく学べる一冊となっております。
最後に―、
この手の作品では、珍しくあまり胃袋が刺激されませんでした。
和菓子の由来や、季節との関わりは丁寧に書かれてあるのですが、あまり美味しそうに食べる描写がなかった気がしました。
(1カ所あったのですけど、それは《みつ屋》のお菓子ではありませんでした)
杏子はあくまで販売員で、和菓子はあくまで"商品”として扱われているせいかもしれません