はじめに―、

 

 能登地方の地震で被災された皆様には、心よりお見舞い申し上げます。

 寒い時期の災害は、本当に心身にこたえます。

 一日でも早く、元の日常が取り戻せることを祈念いたします。

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「舟を編む」

三浦しをん著 光文社文庫

(324頁)

 

 誰にでも勧められる、いや勧めたいい作品です真顔

 

 いやぁ、出だしからヤラレました。

 

  は、動物の犬だけを意味する単語ではない。

 父親に連れていってもらった映画館のスクリーンで、「官憲の犬めがぁ!」と裏切りにあった瀕死のヤクザが血まみれで叫んでいた。

(中略)

 子分が瀕死の状態であると報を受けた組長は、すっくと立ちあがって言った。

「おまえら、なにをボサッとしちょるんじゃ! ドス持ってこい! やつを犬死にさせちゃあいかんぜよ!」

 

 "卑怯な内通者”であったり、"無駄”であったり‥‥‥。

 

《犬》という言葉が持つ多種多様な意味を例にあげ、"言葉”というモノの面白さを我々に喚起してくれます。

 そして、それら言葉の意味を秩序立てて網羅したモノが"本作のテーマである"辞書”なんです。

 

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 お話の舞台となる玄武書房の辞書編纂部では、長らく《大渡海》という新しい辞書を作っていました。学者である松本先生を責任者として、ベテラン編集者の荒木と他2名(パート含む)のチームです。

 このたび、その荒木が定年を迎える為、新たな人員を補充する事になりました。

 

 荒木が第一営業部から引き抜いてきたのは、馬締(マジメ)という冗談みたいな名前の若者―。しかし彼は、それこそ辞書を作るために生まれてきたよう男でした。

 

 まだ20代ながらも言葉に関する類い希なセンスを有している彼は、逆を言えば、その他の一切をどこかへ置いてきた様な男でもあります真顔

 

 本作は、基本的にこの馬締を中心として進んでいきますが、時折視点となる人物が変わります。

 そして私は、その部分にこそ深い感銘を受けました。

 

 ※※※※

 

 辞書編纂部の所属で、荒木馬締という人材を教えた張本人でもある西岡(ニシオカ)―。

 彼は内心、馬締の才能に舌を巻いていました。

 荒木からは不真面目だとか軽薄だとか言われていますが、それでも彼にだって辞書編纂の先輩としてのプライドはありました(実は馬締とは同期です)。

 しかし、本当にモノが違うんです真顔

 

 圧巻なのは言葉に対する馬締の熱量の高さです。

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 人付き合いが上手く、何事もソツなくこなせる西岡は、その裏では仕事も恋愛も本気になれない男―。

 何か一つの事に没頭しガムシャラになる事に"照れ”があるんです。

 

 しかし、馬締の言葉に対する真摯な姿勢にあてられ、その" 照れ”が"逃げ”であった事を認めます。そして自分が、心底この不器用な男に惚れ込んでいる事も‥‥‥。

 

 ―実際、《西行》という項目について、彼が"一般人”の目線で述べた意見を馬締に褒められ、ホクホクしていたりしますデレデレ

 

 馬締が、自身が住む下宿の大家の孫娘に恋をし、まるで中学生のような相談を受けた時も―、

 彼なりの形で、色々とアドバイスもしましたし、"恋文”の添削も引き受けました。

 

 ―これが安易に"ラブレター”とは書けない代物なんです(笑)。

 

 誰もがメールでやり取りをする時代に、便せん(パッと見引くような枚数です)で、さらに漢文と見紛うばかりの漢字のオンパレード真顔

 

 明らかに時代錯誤な―少なくとも20代とは思えない―その文体に爆笑する西岡ですが、その馬締らしい熱々の"恋文”にそのままOKを出します。

 ※

 次年度に宣伝部への異動が決まった西岡―。

 彼は、馬締の苦手な"外交分野”でギリギリまでサポートをします。そして宣伝部へ行っても、《大渡海》への"援護射撃”を決意するのです。

 

 ただ、気がかりなのは馬締の過剰なまでの熱量でした。

 

 そこで、将来いつかは辞書編纂部に配属されるであろう後輩へ向けて"マニュアル”を作成します。

 

 そこに書かれているのは、原稿を依頼している各分野の"先生”への対応の仕方から、予想されるトラブルと対処法。そして「もしも、先の見えない仕事に疲れてしまった場合に目を通すように」と―。

 

 巻末に馬締の"恋文”のコピーを隠し場所を‥‥‥ニヒヒ

 

 

 

(物語の後半は、一気に10年程時間が経過しています)

《大渡海》の現場に久々に若い女性編集者が配属されます。それまでファッション誌に居た彼女は、全く違う環境とコミュニケーションの取れない上司(馬締)に困惑するばかり‥‥‥。

 

「私、前の部署で何か失敗したのかなぁ‥‥‥」

 

 そんな風にしおれていた彼女は、"部外秘”の判が押された件(くだん)のマニュアルを見つけるのです真顔

 

 ※※※※

 

 馬締視点ので西岡は、どうしょうもなくチャラ男だけれど、仕事が出来る男として描かれています。そして自身については―、

 

 ‥‥‥周囲から浮いている事は自覚しているみたいです(笑)。

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 馬締の視点で描かれる西岡と彼自身―。

 そして、西岡の視点で描かれる馬締と彼自身―。

 

 真正面からの光だけでは、よく判らないモノが―

 例えば、横から光をあてる事で見えてくる事があります。

 

 ‥‥‥何だか、月の観測を思い出してしまいました。

 明るい満月は確かに綺麗ですが―

 クレーターを見るには半月の方が良いんです。

(横から光が当たっているので、陰影が出るんです)

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 それにしても―

 流石の本屋大賞受賞作、面白すぎましたデレデレ

 

 少し長くなっちゃいまして、一部を割愛いたしました。

 

 その部分を木曜日に少しだけ書きます真顔