諸々ありまして、こちらが本年最後のレビューとなりました。

 

「暗幕のゲルニカ」

原田マハ著 新潮文庫

(497頁)

 

 本作では二つの物語が進行してまいります。

 

 一つは、ニューヨーク近代美術館(MOMA)のキュレーターで、ピカソの研究者である八神瑤子(ヤガミヨウコ)の視点で描く、"9.11”後の21世紀―。

 

 もう一つは、ピカソの愛人であった、写真家ドラ・マールが語る第2次大戦前後の20世紀―。

 

 そのどちらもが、《ゲルニカ》を巡る物語でございます。

 

 ※※※※

 

 9.11後、『テロとの戦い』を宣言したアメリカ政府。

 アフガニスタンに続き、イラクへの空爆も決定しました。

 

 その詳細を発表する国務長官の記者会見で"事件”は起きました。

 

 安全保障理事会の議場のロビーには《ゲルニカ》の原寸大のタペストリーがありました。しかし会見では、それがすっぽり暗幕で覆われていたのです。

 

 ナチスによる無差別爆撃に憤慨したピカソが全身全霊で描き上げた反戦の象徴、それが《ゲルニカ》です。

 

 そのタペストリーはMOMAの初代理事長が作らせたもので、その制作にはピカソ本人も関わっています。

 

 《ゲルニカ》の前でイラク空爆の発表を行うという"世紀の茶番”を、ホワイトハウス側が嫌ったのは明らかなのですが―、

 

 どこからか別な噂が流されます。それは―、

 

「タペストリーの所有者であるMOMAの現事長ルース・ロックフェラーがやらせたに違いない」

 

 アメリカ政府には、その威信を守る為ならどんな手段も使う組織が存在します。

 しかし彼等とて、かのロックフェラー家に真正面から噛みつくほど馬鹿ではありません。そこで―

 

「いや、MOMAのヨーコ・ヤガミが黒幕に違いない。なぜなら、彼女こそ『ピカソと戦争展』を計画していたキュレーター(学芸員)なのだから―」

 

 ピカソ研究の第一人者で、9.11のテロで夫を亡くしている瑤子―。

 なにより戦争を憎んでいるはずの彼女に"白羽の矢が立った”と言うわけです。

 

 そんな訳で『ピカソと戦争展』は、瑤子の思惑とは違う形で注目を集めてしまいます。

 

 彼女は、ピカソが絵筆一本で示した"反戦の決意”を、ニューヨークにもたらしたかったのです。

 大きな傷を負ったニューヨークの街に再び《ゲルニカ》を掲げる事で、9.11から続く憎悪の連鎖を断ち切りたかったのです。

 

 ※※

 

 第二次大戦下―

 内戦状態の故国スペインを離れ、パリにアトリエを構えていたピカソ―。

 ある日、長いスランプのただ中にあった彼を驚愕させる事態が起きます。

 

 それはナチスによるゲルニカ空爆―。

 スペイン共和国政府に反旗を翻したフランコ将軍を、ナチスが後押ししたのです。

 

 悲劇を伝える号外を破り捨てたピカソは、その勢いのままに《ゲルニカ》を完成させます。

 

 これまで制作過程を他人に見せた事のないピカソでしたが、この時だけは写真家で当時の愛人だったドラ・マールに記録写真を撮らせました。

 

 天才芸術家の寵愛を一身に受けていたドラ―。

 聡明な彼女は、ゆくゆくは自らもピカソの女性遍歴の一人に過ぎなくなる事を判っていました(彼女はあの《泣く女》のモデルでもあります)。

 

 ある時、ドラは酒場で身なりの良い青年に出会います。

 スペインに恋人を残してきたというその青年は、パリに亡命した自分と義勇兵に身を投じた彼女とを比べ涙を流していました。

 

 この青年、実はスペインの名門イグナシオ公爵家の嫡子パルドでした。

 自身のふがいなさを恥じている彼ですが、軽挙を慎まなければならない立場でもあったのです。

 

 ドラによって、ピカソと完成したばかりの《ゲルニカ》に引き合わされたパルドは、芸術と、なによりこの《ゲルニカ》を守る事を使命として生きていく事になります。

 

 ―そもそも、《ゲルニカ》は、長くMOMAが所蔵していました。

「スペインに真の民主主義が根付くまで、預かっていて欲しい」というピカソの遺言の為です。そして、晴れてスペインに返還された後は、文字通りの門外不出となっています。

 

 実際、"21世紀編”でも、瑤子は一度、所蔵するスペインの美術館に《ゲルニカ》の貸し出しを打診したのですがガッツリ拒否されています。

 

 ※※

 

 自らと、MOMAの名誉を汚されたルース・ロックフェラーは、瑤子に、再度《ゲルニカ》の借り受け交渉に臨ませます

 

 

「借りるではなく、《ゲルニカ》を奪うくらいの気持ちでいきなさい」

 

 そんなわけで、再びスペインの地に降り立った瑤子―。しかそ彼女を待っていたのは、《ゲルニカ》を所有する美術館とのアポをすっ飛ばさざるを得ない事態でした。

 

 それは"アート界の巨人”と言われるパルド・イグナシオ公爵から招待でした。

 

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 果たして、瑤子《ゲルニカ》を再びニューヨークへ持ってこれるのか!?

 

 結末までには、もう一波乱あるのですが、とにかく爽快な"落とし前”でした。

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 それにしても―、

 

 今、現実世界で二つの戦争が起きています。 

 

 それがどれだけの傑作であろうとも―、

 

 我々は決して《第2のゲルニカ》を生み出してはいけない。

 

 本書を読んで、その事を強く思いました。

  

 

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 さて―、

 今日は大晦日でございますね。

 皆様も良いお年をお迎えくださいませ。

(明日は、ちょろっと何か書きます)