タイトルにある「古本」や「食堂」は、素敵な脇役でした。
「古本食堂」
原田ひ香著 ハルキ文庫
(320著)
神保町を舞台にした"引き継がれていく”物語―。
早速、その第一話をちょぴりご紹介。
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介護していた両親を看取り、帯広で暮らしていた鷹島珊瑚(タカシマサンゴ)は、急逝した兄・滋郎(ジロウ)の経営していた古書店とビルを相続しました。
素人である珊瑚はまだ、この《鷹島古書店》をどうするのか決めかねています。
未婚の彼女には密かに想っている男性がいるのですが、ひとまずそのお相手・東山(ヒガシヤマ)を残し、単身東京へやって来ました。
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一方、珊瑚の親戚で、国文科の大学院生である鷹島美希喜(ミキキ)が、母親からの"密命”を受け店にやって来ます。
―何せ、狭くて古いビルとは言っても、場所が場所ですから、その資産価値は億‥‥‥。
美希喜の母は"色んな意味”で心配しているんです。
(なお、本作には基本的に良い人しか出てきませんので、ご安心を)
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美希喜がやって来た日、珊瑚は《鷹島古書店》を再開しました。
ただ、レジ打ちの経験も殆ど無い彼女にとっては、あくまでも"取り敢えず”の開店でした。
当面、起居する事にした滋郎の家や、そもそも店にある蔵書を処分(=販売)しながら、先々の事を考えるつもりだったのです。
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美希喜は、そんな珊瑚の"書店経営を見かね、"お手伝い”を買って出ます。
彼女は滋郎の生前から《鷹島古書店》に通っていて、進路の事など色々相談に乗って貰っていました。ですので、母が気に掛けている"古書店の行く末”とは別な想いも秘めています。
鷹島家の血筋なのか、おっとり&のんびりの珊瑚のペースになかなか、本題(古書店の今後の事)を切り出せない美希喜―。
そんな時、そのお客がやって来ました。
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美希喜よりは年上で十分にオシャレなその女性は、実用書の棚を覗き込んだり、近代文学の方へ行ったりと、古書店にというモノに慣れていないのが見て取れます。
目配せし、その様子を静観していた二人に、その女性が意を決したように口を開きます。
「こちらは料理の本とかを扱っていますか?」
専業主婦だという彼女は"毎日のお弁当”に悩んでいたのです。
珊瑚に教えられた棚に並ぶ料理本を見て、溜め息をつく彼女―。
「ああいうの、写真がたくさんでていてきれいなお弁当の本はたくさん持っているんです。でもなんて言うか‥‥‥うまくできないんです。使いこなせない、と言うか。最初、本を買った時は、わああ、これも作ろう、あれも作ろうって思うんですけど、そこに載っているお弁当をそのままいくつか作って終わっちゃう。私本当にセンスなくて」
アレンジが苦手な彼女は、本のレシピ以外の組み合わせが出来ないとこぼします。
幼稚園に上がった子供の為に、相当な数の料理本を買った事。
前の日から、本の通りに材料を準備し、早起きしてお弁当を作るけど材料が沢山残ってしまう。
あげく、それで疲れてしまって朝ご飯がお留守になる。
『お客さんは、本は好きなんですか? 読書は』
唐突にそう尋ねた珊瑚に、内心で「いや、今それを聞いてどうする」と突っ込む美希喜―。
「子供が生まれてからは読めていないけれど、小説は好き」という答えに頷いた珊瑚は、おもむろに文庫の棚へ―。
お客さんと一緒にを浮かべながら、その背中を見つめる美希喜―。
ふり返った珊瑚が手にしていたは、本当に文庫本―。
《お弁当づくり ハッと驚く秘訣集》
『小林カツ代さん、知ってる?』
ひとつ覚えれば何通りにもなるアレンジ法が満載の、写真が一つもない本―。
『あなたには読む料理本が良いはず』
《『お弁当づくり ハッと驚く秘訣集』小林カツ代と三百年前のお寿司》
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このチョイスにヤラレました。
別に小林カツ代さんに特別な思い入れがあるわけではないんですけど、なんかグッと来たんですよ。
実は店を再開するにあたり、きちんと在庫の詳細を把握していた珊瑚―。
そして、それがすぐに出来るのは、彼女自身がかなりの読書家だからです。
ただ最初、そこらへんを開陳したかったのか、《豆腐百珍》なんて江戸時代のグルメ本の名前を出しちゃったのは内緒です(ここは古書店ですからね)
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珊瑚と美希喜の視点で語られる物語には、二人を取り巻く神保町の人達が多数登場します。
彼等を繋ぐのは、本と、手軽に楽しめる神保町のご飯―。
修士論文を控えた美希喜と、兄の遺した店と想い人との狭間にいる珊瑚―。
共に"将来”に悩む二人の物語は、どんな結末を迎えるのか!?
‥‥‥て言うか、素敵な"始まり”のように感じました。
素直に、続編が読みたいです