ここにもいました、"探偵”に対する憧れを拗らせちゃった人が―
「螺旋階段のアリス」
加納朋子著 文春文庫
(286頁)
『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』をモチーフにした短編集となっております。
本作の主人公・仁木順平(ニキジュンペイ)は、大企業の管理職から私立探偵に転身しました。
彼が思い描いた第2の人生とは―
鮮やかに難事件を解決し、弱きを助ける名探偵―。
※
そもそも彼がそんな決断をしたのは、会社が打ち出した"リストラ策”が大元でした。
新規事業を立ち上げる者に対し―、
1年間は休職扱いとして給料その他諸々を保証する。
勿論、勤続年数なんかの条件(そもそも"リストラ”ですからね)がありますし、何より"転職”ではいけないんです。
それに対して、"探偵事務所という新規事業”で申請を出した仁木は、制度適用の第1号として、めでたくオジサン探偵となりました。
※
そう言えば、荻原浩先生の「ハードボイルドエッグ」も、海外小説の探偵に憧れた男が主人公でした。
しかし、実際にやって来る依頼はペットの捜索ばかり(笑)。
さらに私立探偵には聡明でナイスバディーな女性秘書が不可欠とばかりに募集したところ‥‥‥。
孫の写真で見事に書類選考を突破した(笑)お婆ちゃんが押し掛け助手となりました
そんな感じで仁木探偵事務所にもやって来たんです、押し掛け助手が―。
彼女の名前は市村安梨沙(イチムラアリサ)、猫を抱いた自称二十歳の美少女です。
※※※※
開業以来、閑古鳥の鳴いている事務所―。
そこへ飼い猫を追いかけて、非常階段からやって来た安梨沙―。彼女は、仁木に"探偵”についてアレコレを尋ねます。そして―、
「ね、じゃ、助手は」
「助手?」
面食らって聞き返すと、焦れったそうに安梨沙は言った。
「探偵助手よ。ね、いるの?」
「いないよ、そんなもの。私は一匹狼なんでね」
ぐいと背を伸ばして言ってみたが、安梨沙はとんでもないというように首を振った。
「駄目よ。助手のいない探偵事務所なんて、完璧じゃないわ。いいわ、私がなってあげる。いいでしょ? 何か問題ある?」
多少の押し問答はあったのですが、安梨沙が「それじゃ、パートタイムで助手になる」という宣言をした時に、ノックの音がしたんです。
そう、仁木探偵事務所に初めてのお客がやってきたんです
※
依頼人第1号は、少し前に近所に撒いたビラを見てやってきました。
早速助手然として、お茶を出し、仁木の傍らに控える安梨沙―。
探偵事務所という特異な空間と、場違いな美少女に若干戸惑いながら、その中年の婦人は話し始めます。
依頼の内容は―
亡くなった夫が、自宅に隠した貸金庫の鍵を見つけてほしい。
自他共に認めるスーパー専業主婦であるその婦人は、だらしがなかった夫についてアレコレ言うのですが、そこかしこに愛が滲み出ています。
何にも出来ない夫の為に、何から何まで世話をしていた事―。
晩酌用のお酒を切らさないのは勿論、必ずオツマミになる一品を作って冷蔵庫に入れておく‥‥‥。
とにかく、全てにおいて"ザ・専業主婦”という極めっぷりなんです。ところが、ご主人が亡くなって一つ問題が浮上しました。
「私たち、少し前に離婚していたんです、4回目の―」
『えっ? どういう事ですか?』
実はこのご婦人、何にもできない夫に対して何度も離婚届けを書いているんです。
つまり、同居したまま旦那が頭を冷やすまで離婚をし、そしてまた復縁をする。
こんな事を繰り返してきたちょっと変わった夫婦だったんです。
そして、また復縁する前に夫が急逝してしまった。
※
親戚から「それはマズイわよ」と言われ、事の重大性に気づいた婦人―。
"妻”でなければ、当然、遺産相続等で大変不利な立場になります。
夫はいまわの際に「家に貸金庫の鍵を隠してあるから、心配ないよ」と言い残しました。
「きっと、私の為にまとまったお金なんかが入っているはず―」
しかし、書斎のどこを探してもその鍵が見つからないんです。
※
仁木は安梨沙を伴って依頼人の家を探索するのですが―、
まずは"探偵のセオリー通り”に書斎の本の中(笑)を調べる仁木―。
ですが、夫のテリトリーの中では鍵を見つける事が出来ません。
そして、それ外の場所は"最強主婦”の手によってがっつり整理整頓されています。
何事にも、妥協や不足を許さない婦人の仕事に感心しながら、初仕事に奮闘する仁木―。そこで、安梨沙が彼に耳打ちをするのです。
※
安梨沙の発見によって、仁木探偵事務所の初仕事は無事解決しました。
見つかった鍵によって開けられた金庫から出てきたのは―
なるほど! の真実でした
《螺旋階段のアリス》
※※※※
短編ミステリーの教科書のようなお話でした。
連作集の最初のお話ですから、登場人物等にも頁を割かねばなりません。
その中できちんと謎が提示され、探偵がその謎を解く―。
(なお、大半のお話で探偵役は安梨沙です)
そして、最終的などんでん返しでもって、読者に全く違った景色を見せる
本当に無駄がありません