とある総合病院内に併設された某チェーンのカフェが舞台です。
「院内カフェ」
中島たい子著 朝日文庫
(224頁)
久々に行った書店で思わず手に取っていた本でございます。
中島たい子先生の作品は「漢方小説」以来です。
私が好む"エンタメ小説”とはちょっと違うのですが、それでもとっても癒やされた記憶があります。
胃腸が弱ったら、お粥なんかをたべますよネ。
もしも、心が弱っていたら―
こういう作品がお薦めです。
(たぶん、私が今弱っています)
※※※※
主人公は30代の相田亮子(アイダリョウコ)。バイト先のカフェでは、一応主婦と言う事になっていますが、実は"間(はざま)りん子”という名前で小説を書いています。ただし―
売れてない
店長経由なのか、同僚である村上君にはバレていまして、おそらくカフェで働いているのは次作の為だと思われています。しかし―
本当にバイトです
何故なら―
売れてない
※
周辺に飲食店の少ない、とある総合病院―。
そのエントランスの脇に併設されたカフェが亮子の職場です。
※
今日もその客はやって来ました。
ウルメイワシのような(?)黒目がちの目をした壮年の男―。
レジの前に立っても、こちらの声に応えるでもなく、ひたすらメニューを順に音読します。
けれど、頼むは決まって《本日のコーヒーのS》なんです。
そして、それから閉店まで、カップにセルフのお水を足しながら延々過ごすのです。
その挙動から、亮子は"ウルメ”が精神科外来に通っているのか、過去に入院していたのだろうと思っています。彼は時折、思いの外大きな声で言います。
「ここのコーヒーはね‥‥からだにいい、ここはビョーインだから!」
当然、居合わせた客はビクリとします。でも、すぐに平静に戻るんです。
そう、ここは病院内のカフェだから―。
―無論、カフェの経営は病院とは関係無いので、他の店舗を同じメニューを出しています(院外のお客だって、やって来ますからネ)。
勿論、客の身体の事を考えたりもしません。仮に食事に制限のある患者であったとしても、本人が望めば甘―いヤツも提供します。
※
もう一人、亮子がハッキリ嫌っている客がやって来ました。
医師の格好をしたその若い男は、常に横柄かつ尊大な態度で注文をします。
亮子は、ゲジゲジ眉毛とレジデント(研修医)をかけ"ゲジデント”と呼んでいるのですが、内心"偽医者”ではないかと勘ぐっています(笑)。
結構なボリュームで始終ぶつぶつ言っている"ウルメ”を、"ゲジデント”が怒鳴りつけるのではないかとヒヤヒヤしていた亮子―。
ですが、"ゲジデント”は意に介さず、これまたデカい声で電話をしています
そして、"その夫婦”がやって来ました。
熟年の、品の良い身なりをした二人―。
注文時の会話から、おそらく夫の方に食事の制限があるようでした。
それでも、とても仲睦まじい様子に、ついついチラ見をしていた亮子―。
たまに"ウルメ”が「ここのコーヒーはからだにいい!」と叫んだりしましたが、この夫婦もすんなり"場所柄”として受け入れたようでした。
しかし、ややあって二人の会話が険悪な雰囲気になってきました。
レジに立ちながら、ついつい耳をダンボにしていた亮子なのですが、"ウルメ”の「ここのコーヒーは―」と"ゲジデント”の電話の声に遮られて、途切れ途切れにしか聞こえてきません。
そうこうするうちに、奥さんの方がやおらカップの中身を夫にぶちまけ、席を立ちました。店出る際"ウルメ”に向かって「それ、普通のコーヒーです」と告げるオマケまでつけて―。
この《スプラッシュ事件》以来、"ウルメ”は姿を現わさなくなります。
※※※※
この後―、
この《事件》を引き起こした藤森夫妻の妻・朝子(アサコ)と、夫・孝昭(タカアキ)の物語が綴られていきます。それぞれの視点で、この《事件》にいたるまでと、それからが丁寧に描かれていきます。
そして、もう一組の夫婦―、
亮子と夫・航一(コウイチ)が抱える"不妊”の問題も、俎上(そじょう)に登るのですが―。
亮子は前述の通り小説家です。そして、航一は自然酵母のパンを製造・販売しています。
この二人の"今後の方針”についての会話が、次第に"生命”をめぐる遺伝子レベルのモノなってきまして―、
もちろん、二人とも真剣ですし、笑える場面ではないのですが―。
いかにも、それらしい
※
このカフェを舞台にした物語には、大きな―つまり本物の―《事件》は起きません。
必要ないんです
"普通”に生きる事って―、
実は結構大変で、みんなそれなりに"紆余曲折”や"波乱万丈”を経験しているんですよネ。
ですから―、
クリスマスに起きる小さなサプライズだけで、じゅうぶんなんです